英国で裁判の遠隔取材が恒常化:取材相手との関係構築に懸念も

英国のイングランドとウェールズ地方(*注、後述)の裁判所・審判所では、6月28日から報道記者及び一般市民が電話やインターネットを利用して公判を恒常的に傍聴できることになった。

2020年春以降、新型コロナの感染拡大を防ぐための臨時措置として「遠隔アクセス」が導入されていたが、関連法や規定の改正により同地方の裁判所・審判所が遠傍聴の機会を恒常的に提供することとなった。

報道側は時間、人手、経費などの節約になるが、負の面を指摘する記者もいる。

インターネットの普及でメディア環境が激変する中、英下院の司法委員会は21年9月、「開かれた司法―デジタル時代の裁判報道」というテーマで時代に即した司法報道の在り方について調査を開始した。議会による意見募集と公聴会の後、司法省は今年5月、法廷を取材する記者の権利と責任を記した「記者憲章」を発表した。王立裁判所・審判所とメディア弁護士協会(MLA)が共同作成し、英編集者協会の年次会合で発表された。

「記者憲章」の表紙(政府のウェブサイトからキャプチャー)

憲章の中で最初に挙げられた項目が「開かれた司法」の原則で、記者はすべての裁判を傍聴する権利を持ち、遠隔アクセスの機会も与えられると明記された。イングランド・ウェールズ地方首席裁判官と主席裁判所所長の連名で6月に発表された文書は遠隔アクセスにかかわる規定をまとめたものだ。

これによると、遠隔アクセスは一般市民及び報道記者が対象。20年、コロナウイルス法の臨時規定によって一時的措置として導入されたが、今後は法廷法(03年)、警察・犯罪・量刑・裁判所法(22年)、遠隔傍聴および記録(裁判所および審判所)規定(22年)に基づく形で実行される。

遠隔アクセスには、記者らが①裁判所内の別の法廷など司法当局が動画の同時配信用として指定する建物内で視聴する②指定外の場所でのアクセス権を得て視聴するーーという2つの形があるが、①と②を組み合わせる場合もある。

①のみ以外の形でアクセス権を得る場合、視聴希望者は事前に裁判所に氏名と電子メールのアドレスを伝え、視聴中は裁判の音声あるいは映像を許可なく録音・録画しないなど「適切な行動を維持する」ことが定められている。

法廷内での静止画・動画の撮影、音声の録音は禁じられており、これは遠隔アクセスの場合も同様だ。

許可のない録画・録音、他者への送信、あるいはこれを試みようとした場合、法廷法に追加された条項により略式起訴犯罪及び法廷侮辱罪違反と見なされる。最高刑は2年間の禁錮刑だ。

英国の法廷で遠隔による審理参加や傍聴が部分的に取り入れられたのは、1990年代初期。受刑中の被告、警察署内にいる警察官、証言者などが法廷の外から動画で参加するなどの場合があった。経費節約、審理の効率化、証言者を守るなどの理由による。

政府は2010年初頭以降、刑事裁判が将来は遠隔での参加に移行するという想定で投資してきた。新型コロナの第1次ロックダウンの措置がとられた20年3月末から4月末までにイングランドとウェールズ地方の刑事裁判は90%が遠隔での実施となった。

現在、記者が遠隔アクセスする場合の電話番号などの通知には政府のウェブサイトを使う。音声のみの傍聴の場合、裁判所から電話がかかってくるので、音声の指示に従い傍聴する。

動画の場合はテレビ会議ソフト「Zoom」に似た「クラウド・ビデオ・プラットフォーム(CVP)」を利用。当日は審理開始の少なくとも20分前までに準備を整える。法廷と同様の服装の着用が勧められている(政府の遠隔アクセスについてのガイダンスも参考)。

ロックダウンで遠隔アクセスを余儀なくされた記者の反応について、英西部ブリストルにある西イングランド大学ブリストル校(UWEブリストル)が調査した。6月に報告書を発表している。調査期間は20年7―8月で、CVPが実用的になってから間もない頃である。

記者らの証言によると、法廷に足を運ぶ必要がなく、複数の裁判を画面上で傍聴できるので、「効率的」という好意的な反応が出た。一方で、画面を通して眺めるだけでは「審理の文脈がつかみにくい」、その場にいないため、法廷にいる裁判関係者や事件にかかわった人々との「関係を作ることができない」などの声が出た。

裁判を取材する記者は国民の目や耳となることが求められるが、画面を通して見た・聞いただけで、その役割を果たせるのだろうか。UWEブリストルの報告書は継続した調査を推奨している。

*注:ちなみに、英国は4つの主要地方で構成されている。人口の5分の4が住むイングランド地方、西のウェールズ地方、アイルランド島北部にある北アイルランド地方、北のスコットランド地方である。ウェールズ、北アイルランド、スコットランドにはそれぞれ自治政府が置かれている。それぞれの地方が異なる司法体形を持つが、イングランドとウェールズは1まとめとして扱われることが多い。

一方、7月28日からはイングランド地方の刑事裁判所にテレビ局のカメラが入り、撮影・放送が可能になった。

これまで撮影が許されていなかったのは、裁判が米俳優ジョニー・デップとアンバー・ハードの公判のような「見世物」になってしまうことへ懸念があったと言われている。

テレビカメラの撮影可能化は「開かれた司法」の一環だ。カメラは裁判官が判決を読む様子を撮影し、裁判所内は厳かな雰囲気が維持されたという(ガーディアン紙報道、7月28日付)。

しかし、米国のように公判の一部始終が撮影・放送されるのではなく、裁判官が判決を下す部分のみが対象となり、しかも裁判官から撮影許可を得る必要がある。

ガーディアン紙の記事からも分かるように、裁判官はカツラとマントをまとう。筆者はカツラ姿をドラマなどで見るたびに、もっと現代的になるべきではないか、と思ってしまうのだが。

(日本新聞協会発行の「新聞協会報」(7月26日号)に掲載された筆者のコラム「英国発メディア事情」に補足しました。)


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2022年8月19日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。