FIREするなら東南アジアはいかが?

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FIREブーム

コロナ禍の金融緩和を契機に始まった株価上昇の波に乗って、日本でも資産が増えた40代、50代の間で人気が高まったのが、ある程度の金融資産ができた時点でセミリタイアし、収入は少なくてもストレスのない仕事をしながら楽しく生きるという欧米発のFIRE(Financial Independence Retire Early)だ。

ただし、バンコクで筆者の周辺にいる団塊の世代に属するリタイアリーなどには、このFIREブームに否定的な人が多い。競争の激しかった高度成長時代を生き抜いてきた彼らの目には、単に苦労を避けて楽に生きようとしているだけのように映るのだろう。

しかし、筆者は最初からFIREには非常に関心を持っていて、これも正しい人生の選択だと肯定的に考えている。というのも、実は筆者も10年ほど前にFIREしたクチだからである。もっとも、当時はFIREなどという格好いい言葉はなかったし、本人にしてみれば別にアーリーリタイアしたかったわけでもないのだが…。

筆者の場合、2008年に起こったリーマンショックが発端となり、その数年後に筆者が勤めていた外資系投資銀行でもとうとう人員削減が始まったたことから、2011年に失職してしまったのである。当時、50代初めという年齢であったこともあり、不況のど真ん中にあった不動産業界ではたとえ新しい仕事が見つかったとしても、収入が激減することは明らかであった。

そこで、どうせならもうこの辺でアーリーリタイアして自由に生きようと決め、好きだったタイのバンコクに移り住んだのであるが、あれから10年が経った今も、バンコクの不動産に投資する個人投資家兼不動産ブロガーとして、タイでセミリタイア生活を続けている。

セミリタイアを大いに楽しめ

40代、50代でFIREする上でまず最初に達成しなければならないのが、経済的自立(Financial Independence)のための資金作りである。中には3,000万円貯めたら早速セミリタイアというチャレンジングな人もいれば、まずは1億円貯めてからという堅実な人もいる。しかし、これについては、それぞれが目標とするアーリーリタイア後の人生の過ごし方次第であると筆者は思う。

アーリーリタイアしてFIREする人は、65歳で退職していわゆる前期高齢者となったリタイアリー組とは当然ポテンシャルが違う。筆者の経験からいっても、頭も体もまだまだ現役であり、既にそれなりの金融資産があったとしても、大した仕事もせずにただのんびり暮らすというのでは時間を持て余してしまうのである。やはり、40代、50代は働き盛りであり、セミリタイアとはいっても仕事は積極的に楽しむべきだと思うのである。

特に、FIREする理由が日本社会特有の人間関係や上下関係の煩わしさ、過酷なノルマや勤務時間から解放されたいからという人の場合、じっと我慢しながら経済的自立のために大金が貯まるのを待つ必要はない。むしろ、早目にFIREし、ノマドワーカー(時間や住む場所に縛られずに働く人)として海外で自由に働くことを目指すのも、選択肢の一つだと筆者は考えている。

有能な人材や富裕層にラブコールする東南アジア

さて、コロナ禍で疲弊した経済の再建を急ぐだけでなく、今、東南アジア各国は、有能な外国人、特に各部門の専門家やエンジニア、そして現地でお金を使ってくれる富裕層に移り住んでもらうことで、将来の自国経済発展の一助になることを期待している。

たとえば、タイ、カンボジア、インドネシア、そしてシンガポールが有能な外国人や富裕層リタイアリーに特別なビザの発給を決定、もしくは計画しているが、実際、タイはいよいよ9月1日からLTR(Long Term Resident)ビザの申請を受け付け始めた。

ちなみに、このLTRビザは期間が10年で、様々な分野での専門知識のある人や経験者、50歳以上の裕福なリタイアリー、ITエンジニア等、大きく4つのカテゴリーのどれかに当てはまる人が対象となっていて、このビザを取れば労働許可が付いているだけでなく、子供を含め家族同伴での移住も可能なのである。

また、50歳代でFIREする人の場合、ある程度の資産があってそれなりの収入の見込める人であれば、特別な専門知識がなくてもこのビザを取ることが可能である。

一方、カンボジアもタイのLTRビザに対抗するべく10年のビザ発給を開始した。これはタイよりもかなり審査基準が緩くなっており、FIREする時点でまだあまり資金が貯まってない人でも取得が可能だ。しかも、5年後には国籍まで取れるという優遇ぶりである。

筆者も以前、不動産市場の視察に首都プノンペンに行ったことがあるが、まだまだ外国人に荒らされておらず、これからの投資対象としても有望なマーケットだと考えている。また、カンボジアでは米ドルが流通通貨として国内で使用されているので、新興国通貨特有の変動リスクがなく、しかも米ドルの定期預金利息は5%と非常に魅力的なのである。

さらに、シンガポールは月額3万シンガポールドル(300万円)以上の収入を稼げる有能な人材に対し、来年から5年間の労働ビザを出すことを決めたところであり、同様にインドネシアでも5年間のデジタルノマドビザの発給を計画している。

このように、東南アジアでは国の将来にとって有益な外国からの人材流入を待ち望んでいて、FIREして新しい環境でセミリタイアしてみたいという日本人にとってもチャンスなのである。

沈む円と勃興する新興国通貨

ところで、筆者がタイに移住した当時は安倍政権発足前で、1ドルが80円前後、タイバーツも1万円で4,000バーツ以上に両替できたという超円高であったことから、日本人リタイアリーにとって物価も半分以下とタイはまさに天国であった。それ故、月額20万円程度の年金、つまり月額8万バーツだけで夫婦2人がそれなりに余裕のあるリタイアメント生活を楽しめたのである。

しかし、今の円安下では1万円がわずか2,600バーツにしかならず、しかもこの10年でタイの物価がかなり上昇したことから、年金だけでは非常に暮らしにくくなった。そして、最近アメリカ人リタイアリー向けに出された、”アジアで余裕をもってセカンドライフを送るために必要な資金”と題する資料によると、退職後、タイで働かずにリタイア生活を送るには39万ドル(約5,400万円)の金融資産を持っている必要があるということであり、今の日本人リタイアリーにとってこれはなかなか厳しい。

一方、筆者の友人の一人はかつて日本企業の駐在員であったが、数年前に帰国辞令が出た際に退職し、今は現地雇用でタイの企業で働いている。そして、今の円安もあるが、タイバーツで受け取る月収は円ベースで約70万円と日本企業のそれとほとんど変わらないそうだ。もっとも、これは本人の能力次第なので、誰でもそうなるというわけではないが…。

いずれにせよ、最近は東南アジアは給料が安いというイメージは払拭されつつあり、どうせFIREしてセミリタイアするなら、新天地で新たなスタートを切るというのもお勧めなのである。