海外と国内での「人物評価」の格差

ソ連最後の大統領、ミハイル・ゴルバチョフ氏が先月30日、モスクワの病院で死去した。欧米諸国では同氏の死を大きく報道し、冷戦時代を終焉させ、世界の政治を劇的に変えた政治家として、高く評価する声が多いが、同氏の母国ロシアではゴルバチョフ氏への評価は2分しているというより、「ソ連を崩壊させた裏切り者」といった批判的な声がむしろ大きい。

完成が間近となった台湾で制作中の安倍晋三元首相の銅像(紅毛港保安堂のツイッターより)

独仏共同出資のテレビ局Arteでゴルバチョフ氏の歩みをまとめたドキュメント番組の中で、ゴルバチョフ氏がライサ夫人について語っていた内容を思い出す。

ライサ夫人はモスクワ大学哲学部を出たインテリの女性で、ゴルバチョフ氏とは1953年に学生結婚している。そのライサ夫人は1999年9月、急性白血症にかかり、67歳で亡くなった。ゴルバチョフ氏は、「ライサは、自分が重体ということで励ましの手紙がソ連全土から送られてきたことを喜びながら、『私が病気になって初めて国民から同情を得ることが出来たわ』と呟いていた」と明らかにしている。

ライサ夫人はソ連では初めてファースト・レディーとして夫と共に政治の表舞台に登場し、欧米諸国で新鮮な驚きをもって歓迎されたが、ソ連国内ではそうではなかった。ライサ夫人はエレガントでインテリであったゆえに、国民からはあまり歓迎されなかったという。病気になって入院してからやっと国民はライサ夫人を受け入れた、というのだ。

ライサ夫人だけではなく、ゴルバチョフ氏にも当てはまるだろう。世界ではノーベル平和賞受賞者であり、冷戦を終焉させた歴史的人物として高く評価されているが、国内では多くの粛清を繰り返したスターリンより死去するまで評価が低かったのだ。

ライサ夫人の死後、ゴルバチョフ氏はライサ・ゴルバチョフ基金を創設し、子供たちの白血病を治療する病院を支援した。ゴルバチョフ氏は世界での講演で入ってきた資金やノーベル賞の報酬金の一部を投入して病院を援助。多くの子供たちの命を救ったが、そのような話はロシアでは報道されたことがなかった。それだけではない。プーチン時代に入って、同基金はゴルバチョフ夫妻の手から国家の管理下に置かれてしまっている。外国から資金が投入されているとして、外国情報機関のスパイの拠点となる、という理由からだ。

話は飛ぶ。台湾高雄市の宗教施設「紅毛港保安堂」は7月に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の銅像を制作し、完成が間近だという。日本ではまだそのような動きがない中、台湾で安倍氏の功績を称えた銅像が建設中というのだ。安倍氏は生前、台湾を支援してきたことから、台湾側からの感謝の表われだ。安倍氏を国葬にすることに左派系メディアを中心に反対の声が出ている日本とは好対照だ。

興味深い点は、ゴルバチョフ夫妻や安倍氏は世界での評価と国内のそれとはかなり違っていることだ。ゴルバチョフ夫妻も安倍氏も故郷では外国とは違って厳しい評価にさらされ、時には「裏切り者」、「反逆者」といったレッテルを貼られ、ライサ夫人は「女帝」と揶揄された。

ちなみに、プーチン大統領は遺族に弔意を表明し、「世界に大きな影響を与えた政治家」と評するだけに留めた。一方、クレムリンのスポークスマン、ディミトリ・ぺスコフ氏はゴルバチョフ氏の政治を「西側社会に開いたロマンチックな政治で、大きな成果はなかった」と批判的に論評している。

もちろん、このような現象は結構多い。2000年前、イエスは自分を迫害するユダヤ民族、律法学者をみて、「予言者が故郷で受け入れられることはない」と述べている。イエスの場合、「彼はヨゼフの息子」とその出所を指摘され、神の福音を延べ伝えると、「大工の息子がどこでそのような話を学んだのか」と不審の思いで受け取られた。最終的には、イエスは十字架上で亡くなった。イエスの福音を世界に述べ伝えたのは古代ローマ帝国の属州キリキアの州都タルソス生まれのユダヤ人パウロだった。

ゴルバチョフ氏の場合、世界は激変し、共産党独裁政治に終止符を打ったが、「肝心のロシア社会は何も変わっていないばかりか、日常生活が悪化した」という思いを持つロシア人が多い。一方、安倍氏の場合、主要7カ国首脳会談(G7サミット)や日米首脳会談の華やかな外交舞台で日本の存在感をアピールしたが、日本国内の経済はどうか、生きがいを持てる社会となったのか、といった疑問を呈する日本国民が少なくはない。いずれにしても、外と内での評価に大きな格差があるのだ。海外でも国内でも評価の高い政治家は非常にまれかもしれない。

ゴルバチョフ夫妻の場合、現政権にとってプラスではない情報は削除されるから、同夫妻の言動が正しく報じられることはない、という理由かもしれない。安倍氏の場合、銃殺されるという非業の死を遂げながらも、国内で反安倍の叫びが鎮まるどころが、国葬を控え、さらに高まる気配がみられる。その背景には、やはり一定の政治的思想に傾く左派メディアの情報操作の影響が大きいと言わざるを得ない。

左派メディアは国の進路を誤らせるばかりか、歴史的人物や政治家への評価をも誤導する。朝日新聞の「慰安婦報道」が如何に日本の国益、イメージを損なったかを思い出すだけで明らかだろう。社長の引責辞任や謝罪だけでは償うことができないのだ。

安倍晋三元首相SNSより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。