起業大国イスラエルのイノベーションを支える要素とは --- 伊崎 大義

岸田政権は看板政策として掲げる「新しい資本主義」の一環として、2022年を「スタートアップ創出元年」とし、様々なスタートアップ支援を強化することを宣言しました。米中をはじめ世界に対して大いに出遅れてしまった日本のスタートアップ政策ですが、ここからキャッチアップを目指す上で参考にしたい国が、中東の起業大国イスラエルです。

筆者は先日、イスラエル政府の招致によるYoung Leaders Programに参加し、スタートアップやイノベーションについての調査を行いました。人口およそ900万人、面積は四国程度、国土の大半は砂漠であり天然資源にも恵まれないこの国で、なぜ世界的なイノベーションが生み出され続けるのか。現地で様々なイスラエル人にヒアリングを行う中で見えてきた要素を整理し、日本の未来に活きるヒントを探ります。

stellalevi/iStock

1. 起業大国イスラエル

イスラエルは”Startup Nation”と称されるように、スタートアップの設立や投資が非常に盛んな国家です。CB Insightsが発表した2022年のユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業)リストによると、日本の6社に対して、イスラエルはなんと21社に達しました。

人口比で見たVC(ベンチャーキャピタル)投資額は世界1位であり、これは日本の約35倍の数字です。農業灌漑技術からUSBメモリまで、世界中で活用されているイノベーションも数多く生み出してきました。まさに「起業大国」の名にふさわしい実績といえるでしょう。

Peres Center for Peace & InnovationにおけるVR体験の様子(筆者撮影)

2.失敗への寛容性

ではなぜ、中東の小国が、そのような起業大国になり得たのでしょうか。現地で何度も強調されていたのが、「失敗への寛容性」です。

ビジネス情報分析ソフトウェア企業Sisense社を創業したAviad Harell氏は、三度資金が底を尽き破産寸前に陥りながら、その度にVCからの追加出資があり、最終的にユニコーン企業まで飛躍したエピソードを語ってくれました。

また、Peres Center for Peace & Innovationという施設では、毎年1000社生まれるイスラエルのスタートアップのうち98%は失敗するものの、起業経験が評価されて就職に有利になったり、次の起業への投資が集まりやすくなったりするため、殆どの起業家は挑戦を臆さないという指摘がありました。

日本ではリスクを負って挑戦することへのハードルが高く、起業家へのアンケート調査においても、日本で起業が少ないと考える原因として「失敗に対する危惧」が37.6%と一位でした(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター『ベンチャー白書2020』)。経済的なセーフティネットを用意するだけでなく、失敗を含め挑戦を評価できる社会風土の醸成が求められています。

鍵を握るのは教育です。イスラエルの教師の四分の一を輩出するKibbutzim教育大学では、教師を目指す生徒たちに社会課題を見つけて解決に挑むラーニングメソッドを課しており、その最大の目的は「失敗の経験を積ませること」であると説明がありました。失敗経験のある教師が失敗に寛容な教育を行い、それがリスクテイキングできる国民性の形成に寄与しています。

Kibbutzim教育大学でのヒアリング(筆者撮影)

3.多様性の尊重

一言でイスラエル人といっても、イギリス系、モロッコ系、ロシア系、エチオピア系など多種多様です。そのバックグラウンドの多様性が新しい視点(”think outside the box”と呼ばれます)をもたらし、イノベーションに繋がっています。イスラエル国会議員のZvi Hauser氏は、移民政策を整えて多様性を推進することで、政治もまたイノベーションを後押ししていると指摘しました。

多様性は人種や民族のみに限りません。イスラエルには女性のリーダーが多く、テルアビブは世界一LGBTQにフレンドリーであり、スタートアップの創業者の多くは若者です。

外国人移民に対していまだ心理的・制度的ハードルの高い日本においても、女性や若者を積極登用することによる意思決定層の多様化であれば取り入れることができるのではないでしょうか。

4.グローバル志向

イスラエルは国内市場が小さいことから、スタートアップが設立当初からグローバル市場を目指す傾向にあります。米NASDAQへの上場企業数は、米国、中国に次ぎ世界三位です。また、イスラエル企業への投資の六割は海外資本であり、インテル社など多国籍企業の研究開発拠点も豊富に立地しています。そうした国内スタートアップと国外企業との繋がりが、イスラエルのイノベーションを支えています。

実際に、国外企業であるIBM社がテルアビブで主催したスタートアップ向けのイベントに筆者も参加したところ、数多くのスタートアップやVCが参加しており、主催企業を中心に商談やネットワーク形成が繰り広げられていました。こうしたイベントが高頻度で開催されていることも、起業家にグローバル市場を意識させ、国外企業との接点を作るきっかけを提供しています。

テルアビブで行われたスタートアップ向けイベント(筆者撮影)

5.「国の違い」で思考停止しないために

失敗への寛容性、多様性の尊重、グローバル志向。これらのイノベーション要素は、いずれもイスラエルという国家、イスラエル人という民族固有の特徴なのであって、国家システムも国民性も大きく異なる日本に適用するのは難しいように思えます。

しかしながら、現地でお世話になったKeyzuna社のMike Druttman氏は、強い口調でそれを否定しました。「あのHONDAやSONYを生み出した日本人が、そうした要素を持っていないはずがない」と。

少子高齢化に伴う人手不足、国内市場の縮小、社会保障費の増大などが、国家の未来を覆う暗雲となって閉塞感をもたらす今の日本において、それを切り拓く武器であるイノベーション、その武器を手に戦うスタートアップの重要性がますます高まっています。

かつて起業大国であった戦後日本、そして現在の起業大国であるイスラエル。その両者に学び実践していくことが、日本の未来を切り拓く鍵となるのではないでしょうか。

伊崎 大義(いざき たいぎ)
松下政経塾第42期生。大阪大学を卒業後、関西電力、オトバンクを経て入塾。地方における多様なイノベーションこそが国家繁栄の鍵であると考え、起業や産学官連携をテーマに研修に取り組む。福岡県北九州市出身。</small/>