ウクライナ軍攻勢、ロシア軍敗走?:核兵器の投入も考えてくる危険性

ウクライナ情勢が激変する兆候が見られだした。ロシア軍のウクライナ占領が近づいたのでなく、ウクライナ軍がロシア軍に占領された領土を奪還してきたのだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、「イジュームやウクライナ東部ハルキウ(ハリコフ)州の小さな都市バラクリアがわが軍によって解放された」と表明した。ウクライナ軍の発表では「奪還された領土の広さは約3000平方キロになる」というのだ。

ロシアの首都モスクワ875周年を記念するシテイ・デーで演説するプーチン大統領(2022年9月10日、クレムリン公式サイトから)

ロイター通信やAFP通信はその状況を感動的に伝えている。「バラクリヤの中心に再びウクライナ国旗がはためく。ハルキウ北東部の小さな町は、ウクライナ軍が奪還した最初の町であり、ロシア軍が3月下旬にウクライナ中部から撤退して以来、初めてだ。町の人々はウクライナ軍兵士を見て泣き出すものもいる一方、パンケーキを兵士たちに差し出す人々もいる」と報じている。ドイツのメディアは、「バラクリヤは戦争のターニングポイントとして、ウクライナの歴史に残る可能性がある」とまで報じている。

注目すべき点は、ハルキウとドネツク州を結ぶ交通の要所、イジュームが10日、ウクライナ軍側に落ちたとすれば、ロシア軍にとって戦略的に大きな痛手だ。ロシア国防省はウクライナ軍の攻勢を認める一方、「現在、軍の再編成中」という。ロシア軍はウクライナ軍の攻勢にパニックになって、大量の戦争装備を置き去りにしていったという。

プーチン大統領は軍をウクライナに侵攻させる前は短期戦で終わると考えていたはずだ。首都キーウを制圧し、親ロシア派の政権を樹立してウクライナ全土を掌握するというプランだ。しかし、ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻して以来、首都キ-ウの制圧はできず、後退を余儀なくされ、ハルキウも奪うことができなかった。ロシア軍は3月末、ウクライナ中部から撤退し、東部ドンバスを占領することに集中。ここにきてロシア軍の攻勢は行き詰ってきた。そこをウクライナ軍が反撃に出てきたわけだ。

軍事情報は紛争国のプロパガンダもあって、その真偽を完全には確認できないから、即断は禁物だ。ただ、ウクライナ側が反撃に出、ロシア軍が守勢に回ってきたことはほぼ間違いないだろう。それが一時的か、そうでないのかは現時点では判断できない。

ウクライナ側が攻勢に出てきた背後には、①ウクライナ軍の士気がロシア軍兵士のそれをはるかに上回っていること、②欧米側の先端武器供給の効果がでてきたこと、米国のハイマース高機動ロケット発射装置やドイツの対空砲戦車など、効果的な兵器システムを徐々に手に入れるようになってきた。ただし占領軍から領土全体を解放するためには、西側の戦車、装甲兵員輸送車、航空機、長距離ミサイルなどがまだ不足している。③ロシア側は武器の消耗が深刻なうえ、欧米側の対ロシア制裁の影響もあって、先端武器に関連する部品が入手できないこと、④プーチン大統領を中心としたロシア側の指揮系列がブレークとなってきた。ロシア軍指導部はプーチン大統領を喜ばすニュースを恣意的に報告するため、プーチン大統領は軍の現状を正確に把握できていない。「プーチン氏は部下に騙されている」といわれている、等々が考えられる。

独裁的な軍の指揮体制は即断することは可能だが、情報が正しく上に伝えられない、という大きな欠陥がある。このことは、プーチン大統領だけではない。中国の習近平国家元首、北朝鮮の金正恩総書記にも当てはまる。

米ブリンケン国務長官は8日、キーウを訪問し、ロシア軍と戦うウクライナ軍の健闘を称え、米国がウクライナを財政的、軍事的に支援することを再度表明している。一方、欧州はウクライナ戦争の影響もあって物価高騰、エネルギー危機に直面、自国ファーストを叫ぶ国もあるなどウクライナ支援で温度差がみられる。ウクライナ側への支援が成果をもたらしてきていることが確認できれば、欧州でもウクライナ戦争勃発直後のような結束、連帯感が復活するかもしれない。

問題はある。ロシア軍がウクライナ軍の攻勢をストップできず、後退に後退を余儀なくされるようだと、プーチン大統領が通常兵器での戦闘を放棄し、核兵器の投入を考えてくる危険性が高まることだ。われわれは核大国ロシアと戦っていることを忘れてはならない。

対ロシア制裁の影響で半導体など近代的武器製造に必要な部品が手に入らないロシアとしては、これまで温存してきた大量破壊兵器を使用し、戦局を一挙に有利にしたいという誘惑にかられるかもしれないからだ。欧州最大の原発、ザポリージャ原発地帯は3月以来ロシア軍が占領管理しているという事実も忘れてはならない。

主権国家へ軍事侵攻は絶対に容認されない。その意味でロシアは国際社会の秩序破壊者だが、戦争を核兵器戦争までエスカレートさせてはならない。ゼレンスキー大統領はクリミア半島の奪還まで戦い続けるというが、プーチン大統領を追い込み過ぎては危険だ。ロシア国内でプーチン氏のウクライナ戦争を批判する声が聞かれ出したというから、ロシア国民の覚醒に期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。