新国王は自動車免許と旅券を失う

在位70年の最長期間を全うされた英国エリザベス女王の死去は英国国民にやはり大きな喪失感をもたらしているようだ。BBCはほぼすべての番組がエリザベス女王の追悼番組とそれに関連したニュースだ。多くは女王の偉大さを称えるものだ。チャールズ新国王は国王としてのスピーチの中で「私の母、愛するエリザベス女王」の思い出を振り返りながら、新国王としてその歩みを継承していく考えを表明していた。

エリザベス女王(バッキンガム宮殿公式サイトから)

エリザベス女王の棺は11日、スコットランド・バルモラル城を出発し、13日にはエジンバラから英空軍機でロンドンに運ばれ、14日ウェストミンスター宮殿に到着、そこで4日間安置される。その間、英国民は女王に最後の別れをすることが出来る。そして死後10日目の9月19日、ウェストミンスター寺院で国葬が挙行される。19日はバンクホリデーとなって公休日となる。多くの国民が沿道や寺院周辺、テレビ中継を通じて葬儀を見守っていく。

父国王ジョージ6世の急死を受け、25歳から亡くなる96歳まで女王の地位にあって、その厳格なプロトコールをこなしていくのは大変なことだ。チャールズ皇太子が母エリザベス女王を継承し、新国王に即位したが、「もはや皇太子時代のような自由はなくなる」といわれている。ちなみに、チャールズ国王は国王となることで3つを失うといわれている。国内の政治動向に中立が求められ、直接、間接的にも自身のオピニオンを表明できなくなる、そしてパスポート、自動車免許を失う。自身の旅券を見せて飛行機に搭乗することも、愛車を自分で運転することもなくなる。1日の生活は全てプロトコールに基づいて側近が伝達する公務に専心しなければならない。

英国のメディアによると、エリザベス女王は亡くなる前に遺書を残したという。財産(主に城、館など不動産のほか、宝石など)の分割のほか、チャールズ国王の任期を80歳になるまでとし、その後はウィリアム皇太子に継承することが明記されていたという。すなわち、チャールズ国王は現在73歳だから、7年間の任期となり、その後、長男ウィリアム皇太子が国王の地位を継承するというのだ。

エリザベス女王は、自身の死後、ウィリアム皇太子が即国王に即位する案に対しては、「ウィリアムにも時間が必要だ。子供たちはまだ小さい」と説明して難色を示していたという。70年間公務に従事してきたエリザベス女王は国王の地位がいかに責任の大きい、厳しいものであるかを誰よりも知っていた。ちなみに、女王が保有してきた多くの宝石類はキャサリン皇太子妃に渡されるという。

欧州の代表的メディア、独週刊誌シュピーゲル最新号(9月10日号)は表紙をエリザベス女王で飾り、女王の歩みを振り返っている。興味深いことは、エリザベス女王の性格についての箇所だ。「女王はインテリではないし、想像力に富んだ女性ではなかった。ただ、自身を律し、言われたことを遵守する意思力と規律があった」と記述している。

身長160センチの小さな女王は25歳で女王に即位するまで正式の勉強を受ける機会はなかった。女王が想像力に溢れた女性だったら、70年間も公務を黙々とこなすような歩みはしなかっただろうというわけだ。参考までに、女王は生前、自動車のタイヤと油の交換を知っている唯一の王室関係者だったことを誇っていたという。シュピーゲル誌はエリザベス女王を「最も無力でありながら世界の最強者であった」と評している。

なお、エリザベス女王は王女時代、21歳の誕生日、近い将来の女王即位を考えながら、「私の生涯は長いか、短いかは分からないが、国のために献身していく」と決意を語ったといわれる。

エリザベス女王の70年間で最大の危機はダイアナ妃の交通事故死だった。エリザベス女王がダイアナ元皇太子妃の事故死(1997年)に対して沈黙を続けていたため、多くの国民から批判の声が出、「英王室を廃止しろ」といった声まで飛び出した。王室の危機を感じたエリザベス女王はそこで沈黙を破り、国民に向かってダイアナ妃の事故死に悲しみを表明した。「沈黙が金」であった時代は過ぎ去り、コミュニケーションの時代となったことを英王室はダイアナ妃の事故死から学んだといわれる。

特筆すべきことはエリザベス女王とフィリップ殿下の夫婦関係が良かったことだ。常に女王の陰にいなければからなかった軍人出身のフィリップ殿下は家庭生活が始まった初期は戦いがあったというが、エリザベス女王との仲は最後まで良好だったという。

非常に心温まる話が掲載されていた。キャサリン皇太子妃が息子ルイ王子(4)におばあちゃん(エリザベス女王)が亡くなったことを教えようとすると、ルイ王子は「おばあちゃん(曾祖母)は今、おじいちゃん(フィリップ殿下=曾祖父)のところにいるよ」と話したという。ルイ王子からみてもエリザベス女王夫妻は仲が良かったのだろう。ただ、女王夫妻の子供たちには多くの不祥事、スキャンダルが起き、エリザベス女王夫妻の心痛は大きかったはずだ。

英国国民は、ポスト・エリザベス女王時代の到来を迎え、歴史の大きな転換であることを薄々感じ、不確かな未来への不安と共に、70年間の女王時代の懐かしさに浸っている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。