アメリカ国民に襲いかかる生活苦

こんにちは。

今日は、まさに現在進行中のアメリカ経済崩壊が、アメリカ国民一般に、そしてこれまで上手にやりくりしてきた中流層に大きな打撃を与えるものになるとお伝えします。

今度ばかりは「楽観バネ」が致命傷を招きそう

これまで何度もアメリカ国民を救ってきたのは「今は惨憺たる状態でも、未来は明るい」という信念でした。楽観バネとでも言いましょうか。とにかく、明日は絶対に今日よりよくなっているはずだという信念です。

今回もまた、金融市場から始まって、不動産市場へ、そして商品市場へとアメリカ経済崩壊の予兆は確実に広がり、深まっています。

ところが、イプソスという世論調査会社が集計している消費者信頼感指数の中で、いちばん大きな総合指数を見ると、春先に一時中立を意味する50を割り込んでいたものが、直近9月19~20日に実施されたアンケート調査の結果では、50に戻しています

ただ、この総合指数の50の内容を見ると、金融市場、地域経済、雇用、投資や購買力の現況を示す指数は38.7まで落ちこんでいるのです。また、現状で投資とモノやサービスの購入などをどう見ているかというと、40.2に下がっています

何が伸びているかというと、将来展望が58.8雇用見通しが65.2と、とにかく未来は明るいという、楽観バネがはじけ飛びそうなほど伸びきっているのです。

とくに雇用見通しについては、完全に政府や大手マスメディアの大宣伝を真に受けた数字としか思えません。

実態としては、非正規・不定時の就労環境が賃金を始めとしてあまりにも悪すぎるために、一度職を失った人が次の仕事を探す努力をしないので、労働力人口から離脱したものとみなされているから、失業率も低いし、なかなか求人が埋まらないポストも多いだけです。

次にご覧いただくのは、ふつうのアメリカ国民が大きな買いものをしたり、こまごまとした日常買回り品を買うときにどの程度ふところ具合に余裕があると見ているかを示すグラフです。半年前と比べて、余裕が多くなったか、少なくなったかを聞いています。

自動車や住宅といった大きな買いものをする余裕については、ほぼ正確に3分の2が少なくなった、3分の1が多くなったと答えています。日常買回り品についても、ほんの少しマシという程度で大きな差はありません。

Thomas Shanahan/iStock

今回は楽観バネが効かない大きな理由

もっと深刻なのは、具体的におカネの出し入れについてとった行動のうち、どんなものがいつもより多く、どんなものがいつもより少なかったかという質問です。

「預貯金を下した」という項目だけが増えていて、あとは「遣った」「借りたりクレジットを使ったりした」「借金やクレジットを返済した」「投資・貯蓄をした」が全部マイナスになっています。

つまり、貯金を下ろしても何ひとつ積極的なおカネの遣い方はできず、じり貧状態に陥っているということです。

とくにひどいのが最後の項目で、「投資・貯蓄」をいつもより多くした人はたったの13%、46%と半数近い人がいつもより少なかったと答えています。

「真理は細目に宿る」ということわざがありますが、この質問への答えの推移を見ていると、アメリカ国民はほんとうに困っているのだなとわかってきます。

いちばん大きく増えたのは「投資・貯蓄を減らした」という答えで、5月初めの段階ですでに37%に達していたものが、わずか5ヵ月弱で46%へと19ポイントも伸びています

次に増えたのは「預貯金を下すことが増えた」で6ポイント、同率3位が「借りるかクレジットを使うことが増えた」と「おカネを遣うことが減った」という項目で4ポイントの増加でした。

第5位は「借金・クレジットの返済を減らした」という答えで、3ポイントの増加でした。

なお、「おカネを遣うことが減った」はプラスではないかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、貯金を下ろしても積極的におカネを遣えなかったというのは、経済全体を委縮させる悪い方向への変化です。今後に明るい展望が描けそうな答えで伸びた項目は、この5ヵ月間でひとつもありませんでした。

とくに危険なクレジットカード借入の増加

次のグラフは、アメリカ国民が陥った窮地を鮮明に描き出しています。

上下を見比べていただくとわかるのですが、コロナ特別給付があったときだけ、貯蓄率が異常に伸びて、それが終わると激減します。何がアメリカ国民の今の消費水準を支えているかというと、主としてクレジットカードを使っておこなう分割払いのローン借入なのです。

次のグラフはまず下段からご覧ください。

消費者債務全体の残高が、2022年初頭で2011年夏以来の成長率で伸びています。

上段では、史上最低の金利水準と言われていた頃からベラ棒な高金利を取っていた分割払いローンさえもが証券化商品となっていることがわかります。つまり、金融機関はさっさとリスクを「一般投資家」に押し付けて、安全に手数料を稼いでいるのです。

クレジットカードでローンを借りるとどんなに高い金利がかかるかを教えてくれるのが、次のグラフです。

もちろん、ふつうに期日どおりに返済しているかぎり、これほど高い金利がかかるわけではありません。

ただ、なんらかの理由でカードを決済する預金口座に毎月の締め日に返済資金が残っていなかったりすると、その後の返済額には最低だった時期でも12%前後、現在は18%を超える金利がかかってくるのです。

クレジットカード金利はガソリン代と連動

なぜこんなに危険な借金をしてしまうのかというと、アメリカではごく一部の大都市をのぞいて公共交通機関が無いに等しく、どんなに貧しい人でも自動車でしか移動できない地域が多いことも一因です。

さらに、最近はガソリンスタンドはほとんど無人のセルフサービスで、クレジットカード支払いしか受け付けないところが多くなっています。

カード支払いをしているうちに、預金口座の残高を超える金額を払わなければならないので、分割払いにしてその場をしのぐことになるわけです。

そのへんの事情は、次のグラフにもはっきり出ています。

ガソリン代が高くなるほどクレジットカードで分割払いを選ぶ消費者が多くなり、したがってカード会社としても安心して金利を吊り上げることができるというわけです。

この間の消費者物価の上昇では、まず先頭を切って突っ走ったのが、ガソリン代などのエネルギー関連の費用ですが、家賃や食費もじりじり上がっています

今年6月の段階で、ガソリン代、家賃、食費の3項目だけでアメリカの平均的な世帯の所得の4割を超えるというすさまじい状況になっていました。

ご注目いただきたいのは国際金融危機のどん底でも、この3項目の合計は所得の36%程度にとどまっていたことです。それでも、消費者は自分の1年先の経済状態をかなり深刻に悪化すると見ていました

今年6月には、それよりはるかに深刻な状態になっていたのですが、これまで超低金利の中で株価は順調に上がっていたので、消費者一般としてはあまり1年後の経済状態を心配していなかったと言えるでしょう。

ただ頼みの綱の株価は、本格的なベア(弱気)相場になっていますから、今後消費者たちは自分の経済状態についてずっと悲観的な見方をするようになるでしょう。

なお、この点について先日次の2枚のグラフを使ったツィートをしたところ、「アメリカでは住宅ローンはほとんど固定金利だから、金利が上がってもローン返済額は変わらず、影響を受けるのは賃貸住宅にお住まいの方だけだ」というコメントをいただきました。

たしかに、以前からローンを払い続けていらっしゃる方の負担は変わりません。ですが、どんなに高金利の世の中になったところで、新しく家を建てたり買ったりする方が完全にいなくなってしまうわけではありません

また、ほんとうにそんなことになったら、今度は住宅業界・不動産仲介業界などが壊滅的な打撃を受けます。

たとえ、金利が突然3%台から7%台まで急上昇してしまっても、それでも家を建てたり、買ったりする方がいなくなるわけではなく、高いローン返済負担をしょいながら、今後20~30年間返済を続けていくことになるわけです。

そうでなかったら、下段の今年初めにはなんとか安全圏と言われる所得の3分の1に抑えていた住宅費が、半年で45%近くまで上がってしまったという事実を説明できないでしょう。

CPIの家賃や帰属家賃は実勢より低すぎる

ただ、なかなか持家取得に踏み切れない世帯が多くなると、アパート・賃貸マンションの入居率が高止まりするので、不況下でも家賃上昇によって借家層が打撃を受けるというご指摘は、そのとおりだと思います。

しかも、消費者物価指数に組みこまれている家賃指数と帰属家賃指数は、家賃上昇を反映するのに非常に長い時間がかかります

ここで上段では緑、下段では赤で示されている帰属家賃とは何かをご説明しておきましょう。

住宅はほとんどの人にとって人生最大の買いものです。ただ、買った年に1回かぎりで総額を消費したと見るとあまりにも変動が多くなってしまいます。

そこで、もしまったく同じ場所に同じ広さと仕様で貸家があったとしたら、その貸家の家賃はいくらだろうかと推測して、その金額を毎年の住宅消費額と見なすわけです。

こうした推計ではありがちなことですが、どうしても過去の実績にとらわれて、目の前で起きている変化を抑制した表現をしてしまいがちです。

上の2段組グラフでも、帰属家賃は現実の家賃指数と比べても、現実の住宅価格指数と比べてもはるかに反応が鈍いことがわかります。

つまり、今後家賃や住宅価格が足踏み状態になったとしても、消費者物価指数に組みこまれた家賃指数、帰属家賃指数は当分上昇を続けるだろうということです。

消費者物価指数上昇率はやや低下したが……

その消費者物価指数全体を見ても、非常に懸念すべき事態が起きています。

上段の9月発表の8月速報値では、全体として前年同月比で9%台から8.3%へと上昇率が下がったことになっています。

ガソリン代が原油価格の下落を受けてひところに比べれば下がったことが、大きな理由でしょう。

ただ、下段をご覧いただくと、サービス価格は8月の速報値でも前年同月比上昇率が6.8%へと加速しています。

サービスは、アメリカ国民の消費の中で、製品購入の約4倍に当たるほど大きな項目です。この項目がじりじり上昇率を高めているのです。

また、さまざまな費用項目の中で、比較的節約しやすい項目はあまり上昇率が高くなく、節約しにくい項目で上昇率が高いのも気がかりです。

自宅での食事代と外食費がその典型でしょう。

外食費の前年同月比上昇率は8.0%にとどまりましたが、自宅での食費は13.5%も上がっています。外食費は、回数を減らすことで節約しやすい項目ですが、自宅での食費はなかなか大きく絞りこむことはむずかしいでしょう。

なぜこんな状態に陥ったのか

いったいなぜ、アメリカ経済はこんな袋小路に迷いこんでしまったのでしょうか?

最大の理由は、あまりにも不自然な低金利政策を続けたことでしょう。

ご覧のとおり、連邦準備制度がフェデラルファンド金利という政策金利をドスンと下げるたびに、バブルが発生しています

「日本も似たようなものじゃないか。いや、日本はもっと昔から延々とゼロ金利にしていたからもっとひどいのではないか」とおっしゃる方がおいででしょう。

でも、金利は独立して決まるものではなく、インフレ率との兼ね合いで決まるものです。日本は金利も低かったけれども、ゼロインフレから若干のデフレという時期が長かったので、低金利でカネを借りるだけで儲かるという状態にはなっていませんでした。

ところが、アメリカ経済はほぼ一貫して最低でも2%強のインフレ率は保ったまま、超低金利政策を実施してしまったのです。

その結果、銀行が頭を下げて「借りてください」と言ってくるような大企業はカネを借りて、返済時に元と同じ額を返し、わずかばかりの金利を払うだけで、インフレによる貨幣価値の目減り分だけ儲かるという状態が続いてしまったのです。

これが、いかに大企業に有利でふつうの勤労者に不利な状態かは、次のグラフが如実に示しています。

アメリカの労働分配率(GDPの中で勤労所得に配分される部分のシェア)は、第二次世界大戦直後から延々と下がってきました。ですが、1947~2016年の下落分のうち、4分の3は低金利政策が露骨になった2012年からのたった5年間で達成されているのです。

ただ、これから先も勤労者にはきついが金融市場で上手に立ち回る人たちには優しい経済が続くかというと、そうはいかないでしょう。


アメリカを代表する株価指数、S&P500が大暴落をする3条件を満たしたことは、過去に3回しかありませんでした今年9月27日に、S&P500はその3条件を満たしてしまったのです。このグラフと表を作成した人は「過去3回では、例外なく1年後には上昇に転じていたから、これは大底確認のサインと見ていい」と説明しています。しかし、たった3回の事例から統計的に有意味な結論を引き出すことはできません。そんなことをするのはゲン担ぎに過ぎないのです。今、アメリカでふつうの生活水準の人たちが、いかに貯蓄や投資を絞りこんでいるかをふり返れば、今度の不況は1930年代大不況を超える規模と期間でアメリカ国民を苦しめると考えるべきでしょう。

増田悦佐先生の新刊が出ました。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。