長渕剛「北海道の土地を外国人に売らないで!」は愛国か偏見か?

カリスマ的人気を誇る長渕剛さんが、先月、札幌で行われたライブ中に「お願いだから、この自然に満ち満ちたこの土地を、外国人に売らないでほしい」と発言し、ファンはもちろん、多くの人たちから称賛の声が上がっている。

SNS上では、

“長渕さんのような方に北海道知事になってもらいたい!”

“こういう声がもっともっと大きくなって欲しい”

“素敵な愛国者”

など、賛意の声が多い。

参議院議員の片山さつき氏もツイッターで、

と述べ、このツイートには2.8万件の「いいね」がついている。

これは「外国人が日本の土地を買う」ということに漠然とした不安を覚える人が多いことの表れだと思うが、しかし実際に「外国人が日本の土地を買うことでの実害は何か」を明確に答えられる人はどれだけいるのだろうか。

長渕さんの発言の真意は一旦横に置き、多くの人が誤解誤認する、「日本の不動産所有権」について簡単に整理してみよう。

日本の不動産所有権

民法206条では所有権について「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。」としている。

土地について言うならば、土地所有権者はその土地を自由に使用でき、貸して収益を得るのもいいし、自由に売ることもできるということだ。

ただし、それはあくまで「法令の制限内において」である。

外資が広大な森林を取得することについて、よく持ち出されるのが水源としての「地下水揚水」に対する懸念だ。確かに、土地の所有権は地下にも及ぶので、地下水の取水権利はその土地の所有権者にある。とはいえ、土地所有者が地下水を過剰に汲み上げてしまえば、地域の地下水不足や地盤沈下などを引き起こす可能性がある。

ただし、その懸念については各自治体の条例で対応可能だ。道内において外国人の土地取得が多いと言われるニセコ町では、「ニセコ町地下水保全条例」を制定し、地下水揚水に一定の制限を課している。内容的に万全かどうかについては意見が分かれるかも知れないが、各自治体の条例は現状に則して適宜改正することができる。

国籍に関係なく、土地所有者は法令の制限を超えた土地利用はできない。理解しておかなければならないのは、外国人が日本国内の土地を所有しても、そこに「治外法権など付与されない」という点だ。

どの国の誰が日本国内の土地所有権を有していようが、その土地が小さかろうが広大だろうが、あくまで日本の国内法(条例含)の範囲内でしかその土地を利用することができない。

当たり前だが、外国人所有の土地が外国の領土になどなるわけはなく、日本の法令に基づく土地所有権を外国人が有する、というだけである。「国土を買い取られることは国を奪われることだ」という主張も一部にあるようだが、それは少し先鋭化しすぎた意見のように思う。

しかも、日本には不動産に関する法令が多い。先に示した条例のみならず、都市計画法、建築基準法、公拡法、景観法、農地法、森林法、国土法、土地収用法、その他、挙げればきりがないほどだ。

これら多くの法令に基づく制限を遵守し、関係法令に従わなければその不動産を気まま勝手に使用することは許されないのである。

例えば、北海道で広大な森林を外資が取得しても、その地域が保安林などに指定されていれば、立木の伐採ひとつ行う場合でも道知事の許可が必要になったり、土地の整地や掘削などの形状変更なども許可が必要であるだけではなく、原則として保安林の解除はできないこととなっている。※もちろん売買される土地がすべて保安林というわけではない。

9月には重要土地等調査法が施行

それでも、「その土地を利用して外国人が日本の国防を阻害する活動をするのではないか」という意見もあるだろう。それを防止するために本年9月20日に施行されたのが、昨年、法案の成立をめぐってさまざまな物議を醸した重要土地等調査法(当時は重要土地規制法と呼ばれていた)だ。

重要土地等調査法は、防衛関係施設、海上保安庁の施設及び重要インフラ(政令指定)の周辺の区域について、注視区域や特別注視区域を個別に指定。その区域内の土地建物等の所有・利用の実態を的確に調査すること、そして、調査の結果、仮に土地等の不適切な利用実態が明らかになった場合には、その不適切な利用行為を規制することを可能とした法律である。

※参考:内閣府 重要土地等調査法の概要

この法律で規定する不適切な利用実態(機能阻害行為)に、どのようなものが当たるのかについては9月16日に閣議決定されており、具体的には、自衛隊等の航空機の離着陸の妨げとなる工作物の設置や、施設機能に支障を来すレーザー光等の光の照射、施設に対する妨害電波の発射などが複数例示されている。

ただし、「この類型に該当しない行為であっても、機能阻害行為として、勧告及び命令の対象となることはある」としていることから広範囲での運用が可能となる事がうかがえる。この仕組みが有効に機能して欲しいと願う反面、運用の中身が抑制的で透明性の高さがどれだけ担保できるかにも注目していかなければならない。

※参考:閣議決定「重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地等の利用の防止に関する基本方針」

土地の所有権は使用権に近い概念

先述した保安林のように、所有していることで維持費だけがかかり、実質的には他に転用できない土地もたくさんある。都市計画上、市街化調整区域内の農地などは他用途への転用がかなり困難だし、道内には自然環境保全地域等も定められている。

土地の所有権とは、概念的には使用権に近い。あくまで国内法によるさまざまな制限を受けながらでなければ有効に利用できないし、さらには土地の価格(時価ではなく課税標準価格)によっては毎年租税も徴収されるので、概念的には完全自由な所有とは少し実態が異なる。

今回の長渕さんの発言は、当然、国を思ってのものだろう。しかし、外資が国内の不動産を取得することに対して、過度に恐れる必要はないし、それを「漠然とした不安」だけで無理に抑え込む必要もないと筆者は考えている。

重要土地等調査法が施行されたことによって、今後は国境離島や防衛施設、原子力関連施設、空港など、重要施設周辺の所有者情報や利用状況を国が把握しやすくなる。万全とは言わないが、不適切な利用の発見や制限も可能となった。良し悪しは別として、日本の不動産における関連法令は売買の自由を除き、今でも案外がんじがらめなのは既述のとおりだ。

最後に、万が一、将来的に日本国内の住宅事情が急激に悪化し、自国民が住まい確保に困窮する事態が起こったような場合や、外資所有の土地がさまざまな法令の網目をくぐり抜けて日本の安全保障を脅かすような「明らかな実害」が引き起こされた場合には、外資の不動産取得を積極的に制限すべきだという点を付け加えておきたい。