政党はどこまで進化できるか?:ショルツ政権の対応にいい意味で驚き

頑固な人も何らかのきっかけで変わることがあるように、政党も時代の要請を受けて進化することがある。ドイツのショルツ政権の過去約10カ月の歩みを見てそのことを痛感させられる。

物価とエネルギー価格の高騰について語るショルツ首相(連邦首相府公式サイトから、2022年10月14日、ベルリン)

ショルツ政権は社会民主党(SPD)、環境政党「緑の党」、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)の3党から構成された連立政権だ。昨年9月26日の連邦議会選挙の結果、第一党に復帰したSPDを軸に「緑の党」とFDPの3党から成る新政権が昨年12月に発足した。ドイツで3党の連立政権は初の試みだ。3党の間には安保、環境、福祉問題などで政策が大きく違う。特に「緑の党」とFDPはまったく180度、その党是が異なっている。ショルツ連立政権がいつまで持つかといった懸念の声が発足当初から聞かれた。

新政権発足時の課題は、新型コロナウイルスの感染対策であり、ワクチン接種の促進だったから、連立政権内で意見の対立といった軋轢はほとんどなかった。しかし、今年2月24日、ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻して以来、新政権は想定外の課題に取り組まざるを得なくなった。ショルツ政権は欧州連合(EU)の盟主として米国と共にウクライナ支援が急務となった。具体的には、ウクライナに武器を供給する問題が飛び出してきたのだ。

海外への武器供給問題では、ドイツの政党の中でもSPDと「緑の党」は厳格に反対の立場を取ってきた。ショルツ政権はウクライナからの武器供給要求に曖昧な姿勢を取ってきたが、ロシア軍の集中攻撃で廃墟化したマリウポリ、キーウ近郊のブジャの虐殺などロシア軍の戦争犯罪に直面し、ウクライナへの武器供給に軌道修正し、重火器の提供にも応じる路線に変更していった。SPDと共に「平和政党」を自負する「緑の党」にとって、ウクライナへの武器供給問題は大きなハードルだった。

「緑の党」はハベック経済相とベアボック外相が登場し、メルケル政権時代のロシア政策と過去の党の平和主義に別れを告げ、国防問題にも積極的に関与する政党に変わっていった。独週刊誌シュピーゲルは、「武器供給問題で『緑の党』の党指導部は一致している。党内で分裂があるのはショルツ首相のSPDだけだ」と評している。ベアボック外相はウクライナ戦争勃発後、キーウを訪問する一方、EUをウクライナ支援に結束させるうえで大きな役割を果たした。ベアボック外相はウクライナへの武器供給がいかに重要かを詳細に説明し、党員の支持を獲得することにも成功している。

次は脱原発政策とエネルギー危機への対応だ。ドイツの脱原発は、2000年代初頭のSPDと「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。その後、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)とFDPの連合政権は当初、操業中の原子力発電所の期間を延長しようとしたが、2011年3月、福島第一原子力発電所事故が発生したことを受け、ドイツの脱原発政策が固まっていった経緯がある。

再生可能なエネルギーを中心に環境にやさしいエネルギー源の利用を唱えてきたドイツにウクライナ戦争はその再考を強いてきた。ロシアの天然ガス・原油に依存してきたドイツを含む欧州はロシアのウクライナ侵攻後、その依存から脱皮するために再生可能エネルギーの促進とともに、ロシア産天然ガス・原油の輸入を制限した。ドイツにとって再生可能エネルギーだけでは国内のエネルギー需要をカバーするのは容易ではない。そこで浮上してきたのが今年末に操業停止予定だった残された3基の原発の操業延長問題だ。具体的には、バイエルン州のイザール2、バーデン=ヴュルテムベルク州のネッカーヴェストハイム2、およびニーダーザクセン州のエムスランド原子力発電所だ。

脱原発政策では、「緑の党」だけではなく、SPDにも原発操業の延長には強い抵抗がある。一方、産業界をその支持基盤とするFDPは3基の来年以降の操業を主張するなど、SPD、「緑の党」、そしてFDPの3党の間でし烈な議論が続けられてきた。もはや十分な時間はない。残された原発の操業延長のためには迅速に決定しなければ、原発事業者は対応できなくなるからだ。

「緑の党」はいち早く2基の原発の操業延長を来年4月末まで支持する一方、脱原発政策には変化がないことを確認したばかりだ。FDPは3基を来年4月以降も操業延長するように主張。両党は真向に対立した。

ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を来年4月15日まで操業延長するというガイドラインを提示、そのための法的整備を関係閣僚に命じた。同首相の政策決定が連立政権内で合意を得られれば、次は連邦議会で承認を得る運びとなる。

「緑の党」のハベック経済相は首相の解決策を支持、FDPのリントナー財務相も首相のアプローチを評価。エネルギー会社のEnBWは「速やかに法案の可決」を求めている。

ショルツ首相の政策は、「緑の党」の2基の原発を2023年4月15日まで操業延長と、FDPの3基の原発を24年まで操業継続する主張の妥協を図ったものだ。明確な点は、操業延長は一時的な対応で、脱原発路線には変化がないというわけだ。ちなみに、原子力エネルギーは全電力の約6%を供給している。

いずれにしても、ショルツ政権はウクライナへの武器供給、そして原発の一時的とはいえ、操業延期を決定した。ショルツ政権の対応にはいい意味で驚かされる。政権維持、地位保全といった党、政治家の思惑がないとはいえないが、ショルツ政権は時代の要求、具体的にはウクライナ戦争という外圧に押し出されるようにして、現実が要求する課題の解決に乗り出してきたわけだ。政党も進化する、ということは良きニュースではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。