世界の心を揺さぶった言葉の数々:谷口智彦『安倍総理のスピーチ』

小林 武史

あの(米議会)演説の時はね、ほんとうに毎日、毎日練習だったの。良く続くわねって言ったら、「こんなにやったことないね。学生のとき、このくらいやってたらね。もうちょっと良かったよね」って言ってね。

安倍晋三氏の暗殺後、昭恵夫人がスピーチライターである筆者に語った言葉だそうだ。

2015年米議会で演説をする安倍首相(当時)
本人Twitterより

本書は数々の総理演説を起案した著者が、その中でも特に重要な安倍演説を振り返る。そしてエピソードを交えながら、著者は政治家・安倍晋三の真骨頂を余すところなく語り尽くす。

あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

第2次安倍政権7年9か月の間、いくつもの名演説が存在する。その中でも安倍氏が特に拘りをもって向き合ったと評者が考えるのは、歴史との対峙である。

戦後70年談話の肝である謝罪外交の清算は、今から振り返っても日本外交史の大きな転機であった。しかし、安倍談話は突如日本政府の公式見解として登場したわけではない。その前年に、伏線があった。

先人がした行為について、いまの尺度を当てて良かったの、悪かったのと言える、あるいは当時の人のふるまいが間違っていたからと、謝ることができると思うのは、歴史に対する思い上がりだ。

筆者は安倍氏の言葉から、氏の歴史観を感じ取る。そして2014年の豪州議会演説では戦を交えた過去に触れつつ、戦後の日本に対する豪州の寛大な姿勢を引き合いに出し、その友情に感謝する。「赦しがもつ力の偉大さ」が現在の日豪関係の基盤になっていること強調することで、不幸な過去を謝罪なしに清算したのである。

この文脈が2015年の安倍談話につながり、そして安倍談話は翌年のオバマ米大統領の広島演説と安倍氏の真珠湾演説に昇華する。

寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ「希望の同盟」なのです。

広島、真珠湾と日米指導者が互いに因縁の地を訪ねて以降、両国間で歴史観の衝突は消えた。日本は米国に謝罪を求めず、米国も真珠湾に日本の指導者を迎えた。数々の安倍演説は、中国や韓国の執拗な謝罪要求を尻目に、謝罪なくともお互いに手を取り合い、不幸な過去を「赦しがもつ力の偉大さ」によって克服できることを見事に示したのである。

残念ながら、筆者のようなスピーチライターは我が国においては極めて属人的な役職である。稀代の宰相安倍晋三の再来があるとすれば、それは言葉に自らの見識や歴史観を込めて発信出来る指導者であろう。そして、その陰には必ず、その意図を汲んで言語化する黒子役が欠かせない。