JASRACは変わることができるか

関谷 信之

お手本は「課金」、練習は「無課金」。

JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が管理する音楽の「教材」利用の、最高裁判決は

「音楽教室の先生の演奏からは使用料を徴収する。生徒の演奏からは徴収しない」

というものでした。

音楽教室側、判決を歓迎 JASRACは「残念」|日本経済新聞

“音楽教育を守る会”は「最悪の事態を回避した」とコメントし、JASRACは、講師の演奏が徴収できることに「ほっとしている」とのこと。「引き分け」といって良いでしょう。

この裁判が注目を集めた要因の一つは、JASRACが「2年間に及ぶ潜入調査」という異様な手段を用いたことです。潜入した職員は「講師の演奏は、とても豪華に聞こえ、まるで演奏会の会場にいるよう」と証言。これが奏功し、引き分けとなったのかもしれません。

「『目的』のためには手段を選ばない」

そんな言葉を想起させる。JASRACは何を『目的』としているのか。

目的は「音楽文化発展」なのか

JASRACは、2022年9月29日の上告審弁論で、教室側に対し

「(使用料の)徴収に応じることで、音楽文化の発展に寄与してほしい」

音楽教室とJASRAC 著作権訴訟、最高裁どう判断

と、述べています。まるで、著作権法を具体化したような言葉です。「使用料の徴収」は手段、「音楽文化の発展」が目的、と推察できます。しかし、これまでの経緯を見ると、目的は「音楽文化の発展」ではなく、手段だった「使用料の徴収」が目的化してしまっているように思えてなりません。

本件で、JASRACは、職員を音楽教室に通わせる「潜入調査」を行っています。

期間は2年以上。JASRAC職員は、自身を関係者とは明かさず「主婦」とだけ称し、使用する楽曲やレッスンの様子を調査しました。この「潜入調査」について、原告弁護人から倫理観を問われた職員はこう答えています。

「私は私の任務を全うしただけ」

まるでスパイ(※1)映画ではないか。そう思った方も多いのでは。しかし、JASRACが潜入調査を行うのは、これが初めてではないのです。

2002年には調査会社の調査員を、ダンス教授所に通わせ情報を収集。この裁判でもJASRACが勝訴しています。1990年代には、スナックやクラブに出向き、カラオケ利用状況を調査する調査員(=「カラオケGメン」)が存在しました。

「手段を選ばない」JASRACに疑問を呈する利用者は少なくありません。

行動で示した「孤独のグルメ」久住氏

JASRACの管理体制に、違和感を覚える著作者(アーティスト)がいます。

久住昌之氏もその一人です。漫画「孤独のグルメ」の原作者であり、同テレビドラマの作曲・演奏者でもあります。久住氏は、「孤独のグルメ」のサントラの著作権をJASRACに託さず「JASRACフリー」としました(※2)。理由は、JASRACの仕組みに納得していないから、とのこと。

「僕はライブでお客さんが喜んでほしいから、「孤独のグルメ」やそのアレンジを演奏したいし、いろいろなバンドと組んでいるので、それぞれの演奏もして欲しいし、自分のCDにだって収録したい。これに自分でお金払ったり許可を求めるのって、なんだかおかしいでしょう?」※3

「『孤独のグルメ』の音楽はJASRACフリー、どうぞみんなで使ってください」

「言葉」で示した坂本龍一

かねてから、JASRACに苦言を呈してきたのが、坂本龍一氏です。

著作権全てを一括譲渡しなければならず、自由度が低いこと。柔軟さがなく、ネットなど新しい利用形態への対応に不安があること。そして、JASRACの著作権管理独占こそが、音楽産業の発展を阻害している要因であること。これら氏の意見が契機となり、JASRAC以外で、初めてとなる音楽著作権管理団体「株式会社 イーライセンス」(現:株式会社 NEXTONE)が誕生しています。

坂本氏は以下のように述べます。

「JASRAC側からみれば、むしろ『坂本は離反している』ということになるでしょうね」

坂本龍一、JASRACに苦言 「襟を正して透明性の確保を」

誤解を招いた坂本氏のメッセージ

ところが、JASRACは「映画上映使用料の規定改正方針発表(2017年11月)」にて、坂本氏からの、以下のメッセージを紹介しました。

「日本が、先進国ならびにアジアの中でリーダーシップを発揮し、クリエーターの経済的基盤を守るために尽くしてくださることを願って止みません」(坂本龍一氏)

JASRACはなぜ洋画の音楽使用料を値上げしたいのか 映画音楽に何が起きた?

JASRACが発表した方針は、現在1本あたり18万円の外国映画の音楽利用料を、興行収入の1~2%とし(莫大な値上げ)、使用料は各劇場から徴収する、というもの。この発表の中で、上記のようなメッセージを紹介することは、

「坂本龍一が、JASRACの値上げ方針に賛同している」

との誤解を与えかねません。

従来から、坂本氏は、映画音楽利用料については「非常に安く、妥当ではない」という考えです。しかし、「それ(利用料値上げ)によって小さな映画館が犠牲になるようでは心が痛む」とも述べています。

坂本氏は、このメッセージは、JASRACからの「映画業界へ向けてメッセージを出してほしい」という依頼に応えたものであり、値上幅や映画館から徴収することなどの方針内容は、知らされていなかったと、BuzzFeedの取材に対し説明しています。

―では発表を知って、寝耳に水の部分もあったのですね―
「そうですね。事前の情報はまったくなかったので」(坂本龍一氏 )

坂本龍一、JASRACに苦言 「襟を正して透明性の確保を」

一方、このBuzzFeedの記事について問われた、JASRACの浅石道夫理事長は

「外国映画(の音楽著作権使用料)が安いという点では(坂本氏と)間違いなく一致している」

JASRACの浅石理事長、坂本龍一氏からの苦言に「透明性高める」

と釈明しています。

誤解を招きかねないメッセージ紹介。潜入調査という異様な手段。こういったJASRACの振舞いが、イメージを悪化させているのではないでしょうか。

JASRACの大きな功績

JASRACの著作権管理の中核は「演奏権」です。

演奏は、利用者は多いが、利用額は小さい。そして、痕跡を残さない。そのため、調査がむずかしく「無法地帯」になりがち。だからこそ、JASRACは、長年「強引」とも思える調査・徴収を行ってきた。その結果、「著作権」の認知度は大いに高まり、理解も深まった。これは、JASRACの大きな功績です。しかし今、その「強引」さが、萎縮という副作用を起こし始めています。

学生も悩む著作権

知人の音楽教師によると、文化祭が近いこの時期、学生の間で以下のような会話が交わされるのだそう。

「この曲演奏して、著作権に引っかからない?」(※4)

著名アーティストの曲を演奏したい。けれど、著作権にかかわるのは面倒。無難に著作権フリーの曲にしておこうか? 学生の音楽活動の萎縮は、JASRACにとって将来の顧客減少を意味します。

複雑な法理論を駆使し、徴収範囲を広げるのではなく、音楽市場全体を広げることが望まれているのではないでしょうか。

【注釈・参考】
※1
『ミヤネ屋』での「JASRAC潜入捜査の実態」報道に衝撃? “スパイみたい”との声も (2019年7月9日) – エキサイトニュース
宮根誠司アナウンサーは、番組「ミヤネ屋」にて「潜入捜査って聞くとスパイって感じがするんですが」と発言している。

※2
孤独のグルメの楽曲は著作権フリーではありません。ご注意ください。 | 地底レコード

※3
対価を得ない、音楽出版社と著作権契約がない等、一定の条件あり
ご自身の作品を自ら使用する場合について|JASRAC

※4 文化祭での楽曲使用
JASRACウェブサイトでは、文化祭・学園祭で演奏会や演劇などをする場合、
1.営利を目的としていない、
2.名目を問わず、入場料をとらない、
3.演奏者(歌手やバンド)や指揮者など出演者へ報酬の支払いがない、
の条件すべてに該当する場合、演奏利用における著作権の手続きは必要ない、としている。
学校など教育機関での音楽利用 JASRAC

【参考】
JASRAC概論 紋谷暢男/編  日本評論社
ヤマハのレッスンに潜入調査したJASRAC女性職員「主婦」と書いた理由 – ライブドアニュース
A nous, la Liberte!(音楽著作権の独占管理改めよ 坂本龍一)