「革命」前夜の雰囲気漂わすイラン:独裁国家になりつつある支配体制

イランで22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが9月13日、宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみ出しているという理由でイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれ、同月16日に死亡が確認された事件はイラン全土で女性の抗議デモへと発展させた。10月に入り、イラン北西部アルダビルで15歳の少女アスラ・パナヒさんが他の生徒と共に抗議デモでスローガンを叫んだ時、私服姿の女性警官に暴力を振るわれ、学校に戻って再び殴打され、搬送先の病院で死亡する事件が発生し、国民を一層、激怒させた。

学生たちの抗議デモ問題で大学の責任者らと会談するライシ大統領(IRNA通信から,2022年10月29日、テヘランで)

アミニさんの死から7週間目に入ったが、抗議デモはイラン全土に拡大。過去の抗議デモは下層階級の国民が主体だったが、今回は中産階級の国民も動員されてきた。そして女性だけではなく、男性、学生たち、芸術家、知識人も抗議デモに加わってきた。それに対し、ライシ大統領が主導する現政権はデモ参加者に発砲するなど強硬対策に乗り出してきている。ちなみに、西側の人権団体によると、「これまで少なくとも250人以上のデモ参加者が殺され、1万人以上が逮捕された」という。

アミニさんの死から40日間の喪明けに当たる10月26日、イラン25箇所の都市で多くの国民が街頭に繰り出した。治安部隊はデモ参加者を激しく殴打するなど残忍なやり方で鎮圧していった。クルディスタン州のサゲズでは、治安部隊が「安全上の理由」で発砲し、催涙ガスを使用した。

ノルウェーに拠点を置く人権団体ヘンゴーによると、イランの革命防衛隊は催涙ガスを使用し、西部の都市サナンダジに集まった学生に銃を発砲した。ビデオには煙が立ち上る様子が映され、「自由」の叫び声が聞こえた。同じくノルウェーに本拠を置く人権団体イラン・ヒューマンライツ(IHR)によると、デモは首都テヘラン、マーサンダラーン、マシュハドを含むいくつかの大学で行われた。若者たちは「独裁者に死を!」と叫んだという。それに先立ち、革命防衛隊のホセイン・サラミ司令官はデモ隊に「街頭に出るな!」と警告し、違法者には発砲も辞さない姿勢を誇示した。

(3人の武装した男たちが10月26日、南部のシラーズにあるシャー・チェラーグの霊廟を攻撃した。イランで2番目に神聖なシーア派の礼拝所だ。15人が死亡し、少なくとも40人が負傷した。スンニ派過激テロ組織「イスラム国」が犯行声明を出した。同テロ事件は、スンニ派とシーア派の対立を煽ることで、国内の抗議デモを攪乱させた。これは鎮静化させようとする治安当局の自作テロ事件か、スンニ派がイランの国内の混乱を利用した純粋なテロ事件かの2通りのシナリオが考えられる。イランのアブドラヒアン外相は、「テロ事件はイランを不安定化させる狙いがある」として厳しく批判している)

ライシ大統領は、厳しい政府の対策を擁護し、抗議デモの背後には西側諸国の干渉があるとし、「わが国の内政に干渉している」と非難した。なお、イランのインターネットは数週間にわたって制限され、数十人のジャーナリストが逮捕された。改革派新聞「Schargh」のジャーナリストNilufar Hamedi氏は、アミニ事件を最初に公表した人物の1人で、現在、首都テヘランの悪名高いエヴィーン刑務所に収容されている。

大学でも抗議が続いている。オンラインビデオには、テヘランの国立シャヒード・ベヘシュティ大学とカジェ・ナシル・トゥーシ工科大学での抗議者の姿が映っていた。ツイッターで共有された動画では、テヘランの地下鉄駅のエスカレーターで女性たちが「独裁者に死を」や「革命防衛隊に死を」などのスローガンを唱えていた(オーストリア国営放送)。

イラン治安部隊はテヘランの女子学校の前で催涙ガスを使用した。「テヘランのサドル高校の生徒は攻撃され、裸で捜索され、殴打された」と、イランでの抗議行動と警察の暴力について定期的に報告しているオンラインチャンネル1500tasvirが報じた(同上)。

オーストリア在住のイランの女性ジャーナリスト、ソルマツ・コルサンド(Solmaz Khorsand)さんは30日、オーストリア国営放送とのインタビューに答え、「イランではもはや女性の権利を要求する抗議デモではなく、イスラム現政権(ムッラー政権)の打倒を叫び出している」と指摘、「抗議デモは次第に革命の様相を深めてきた」という。

コルサンドさんは、「治安警察が女性の学校に入り、抗議者を逮捕したり、発砲するといったことはこれまでなかったことだ」と指摘、治安当局が抗議デモを強権によって力ずくで鎮圧しようとしてきているという。コルサンドさんは、「イラン政府は30日、警察や治安関係者の給料を20%アップすることを決めている」と説明し、警察官の給料を上げることで彼らの意気を高揚させようとしているわけだ。

イランでは2009年、大統領選挙の不正問題、そして2017年にはガソリンの高騰などで反政権デモがあったが、イラン情勢はその後、落ち着き、何も変わらなかった。今回の抗議デモが体制交代を引き出すだろうか。

コルサンド氏は、「33年間君臨してきたハメネイ師の健康問題はこれまで常にテーマとなってきた。後継者に同師の息子(モターバ・カメネイ)の名前が挙がっているが、息子は聖職者の間では評価は高くなく、革命防衛隊に近い人物だ」という。イスラム革命は聖職者の支配体制を構築してきたが、イランは次第に世界の独裁国家の仲間入りをしてきているという。

イランではマフムード・アフマディネジャド前大統領(在任2005年~13年)の時代から軍独裁傾向が強まってきた。イランが将来、聖職者支配国家から軍の独裁国家に移行する可能性がある一方、抗議デモ参加者は現体制の打倒を目指しているが、問題は、抗議デモを組織化し、主導できる中心的指導者がいないことだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。