名ばかりJCG:海上保安庁法25条改正の議論を

潮 匡人

Yata/iStock

11月6日付「産経新聞」朝刊が「海保予算で水増し 法執行機関は「軍」でない」と題して、以下のとおり「主張」した。

岸田文雄政権が、令和5年度以降の防衛力の抜本的強化を裏付ける予算に、海上保安庁予算を算入しようと検討中だ。/実行すれば、海の警察(法執行機関)である海保を、侵略国が「日本の軍事組織だ」とみなしたり、宣伝したりすることに手を貸す結果を招く。(中略)海保分の算入で予算が「水増し」されれば、大幅増額が必要な自衛隊のための「真水」の予算が減ってしまう。(中略)岸田首相はこのような愚策を封じるべきだ。

保守陣営からも異口同音の声が上がっている。なるほど「真水」の予算が減るなら問題だが、彼らが論拠として、こう指摘している点には留保をつけたい。

NATO加盟国には、沿岸警備隊の予算を国防費に数える国が多い。ただし、それらの国々は沿岸警備隊を軍事力の一部に位置づけている。平素から軍事訓練を実施し、軍事力として装備と作戦を整え、軍の直接の指揮下で運用する準備をしている。/日本の海保は全く違う。自衛隊は国際法上、軍と位置付けられるが、海保はいかなる場合も軍ではない。海保法第25条は軍事組織であることを否定している。海保は軍事訓練を受けず、装備も軍事用ではない。自衛隊法第80条は、防衛出動時に防衛相が海保を統制下に置く規定だが、海保に軍事行動させることを意味しない。むしろ、法執行機関の海保を交戦エリアから遠ざけるための規定だ。(同前)

たしかに海上保安庁法25条は「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と定める。実際「海保は軍事訓練を受けず、装備も軍事用ではない」(前出産経)。武力攻撃事態を想定した共同訓練も実施したことがない(政府答弁)。

他方、自衛隊法80条は「内閣総理大臣は(中略)自衛隊の全部又は一部に対する出動命令があつた場合において、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」、「内閣総理大臣は、前項の規定により海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れた場合には、政令で定めるところにより、防衛大臣にこれを指揮させるものとする」と規定する。

防衛出動(や治安出動)の際、防衛大臣が海保を「統制下に入れ」「指揮」できる根拠規定である。かかる明文規定がありながら、実際にどう統制し、指揮するかを定めた具体的な要領すら存在しない。

いったい、なんのための明文規定なのか。産経は「法執行機関の海保を交戦エリアから遠ざけるための規定だ」と断じたが、本当にそうか。そうなら、尖閣有事など、いわゆるグレーゾーン事態までは海保が前面に立ち、自衛隊がバックアップするが、いざ有事になった瞬間、海保は前線から退避し、自衛隊が交戦エリアに突っ込んでいくことになる。本当に、それでいいのか。

それでいいなら、有事に海保は何をするのか。防衛当局の説明を聞こう。

例えば漁船の保護、船舶の救難等の人命、財産の保護や、密輸、密航等の海上における犯罪の取り締まり等の業務を実施することとなると考えられる。/なお、このようなことから、本条に基づく海上保安庁の統制は、海上保安庁の非軍隊性を規定する海保庁法第25条と矛盾するものではない。

(『日本の防衛法制【第2版】』内外出版)

苦しい言い訳に聞こえるが、過去その旨、国会答弁されており、これが歴代内閣の法解釈である。

ちなみに、同書編著者の一人でもある島田和久参与(内閣官房)は、月刊「正論」11月号の巻頭対談で「海保がNATO定義の国防費に計上できるコーストガード(沿岸警備隊)には該当しないことは明らかでしょう」「NATO定義を拡大解釈して『ふくらし粉』のように使うとすれば、『日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する』と表明している日本の決意を疑わせ、諸外国の信頼を失い、ひいては抑止力の低下すら招きかねません」と語っている。

発言の趣旨は理解できるが、海上保安庁は「コーストガード」(沿岸警備隊)である。事実、英語の公式名称は「Japan Coast Guard」。海保サイトのトップにも、略称「JCG」のロゴが大書されている。

本家の米沿岸警備隊(United States Coast Guard)はどうか。日本の名ばかり「JCG」と違い、陸海空軍、海兵隊と並ぶ合衆国軍の公式な一部門である。「軍であり、常に合衆国軍の一部門を成す」(合衆国法典第14 編第1条)。(但し、予算はNATO定義の国防費に計上されていない)

同時に、法執行機関であり、海上警察権行使の役割も果たす(ゆえに《法執行機関は「軍」でない》との産経「主張」にも留保を付す)。実際、同時多発テロ事件後、国土安全保障省に移管されるまでは運輸省に所管していた。ただし、宣戦布告に際して、議会又は大統領が命じるときは、海軍の部局として活動する(前出第3条)。

こう考えてみよう。海外から「パラミリタリー(準軍事組織)」と扱われる海保がNATO定義の国防費に計上できる「コーストガード」には該当しないと、たとえば英語で説明できるだろうか。

いずれにせよ、これまで散々、自衛隊と海保の連携強化や、海保予算の増額などを訴えてきた保守陣営が、ここにきて突如、海保の独自性ないし特殊性(ガラパゴスとも言う)を主張するのは美しくない。

そもそも、議論が本末転倒ではないのか。保守派が論拠とする海上保安庁法25条こそ、パシフィズム(反軍平和主義)の産物である(拙著『ウクライナの教訓 反戦平和主義が日本を滅ぼす』)。

まずは同条を改正し、海上保安庁を名実ともの沿岸警備隊(JCG)とすべきではないのか。すべては、そこから始まる。