1. ドル換算値の違いとは?
前回は為替レートと購買力平価の違いについてみてみました。
購買力平価は、自国と相手国の実際のモノやサービスの値段から決まる通貨の交換比率です。
購買力平価でドル換算するという事は、為替レートでドル換算した後に、更に物価水準で調整(逆数をかける)事になります。
今回はこのことを、実際に1人あたりGDPのドル換算値で視覚的に確認していきたいと思います。私は経済学素人ですので、学術的な意味は分かりませんが、統計データを見る際の特徴や注意点について共有できればと思います。
図1は日本の1人あたりGDPについて、為替レート換算(青)と、購買力平価換算(赤)を比較したグラフです。OECDで公開されているデータそのままの数値です。
背景の緑色の棒グラフが物価水準(Price Level)となります。
物価水準は、購買力平価を為替レートで除したものです(内外価格差とも呼ぶそうです)。
日本の場合は、為替レート換算値が1990年代からアップダウンしながらも停滞気味なのに対して、購買力平価換算値は右肩上がりでの成長が続いています。
購買力平価換算値に対して、為替レート換算値の方が上回るときは、物価水準が1よりも大きく、下回るときはその逆でタイミングも連動している事が確認できると思います。
つまり、購買力平価換算値は、為替レート換算値に対して、物価水準の差分だけ補正している関係という事ですね。
物価水準 = 購買力平価 ÷ 為替レート
為替レート換算値 = 自国通貨ベース ÷ 為替レート
購買力平価換算値 = 自国通貨ベース ÷ 購買力平価
上式から考えれば、次の関係が成り立つはずです。
物価水準 = 為替レート換算値 ÷ 購買力平価換算値
ちょうど為替レート換算値と購買力平価換算値の比が物価水準になっています。
具体的な数値で確認してみましょう。
年 | 1人あたりGDP 為替換算 購買力平価換算 |
為替換算/購買力平価換算 | 為替レート 購買力平価 |
物価水準 購買力平価/為替レート |
1970年 | 2,090 3,423 |
0.61 | 360.0 219.7 |
0.61 |
1980年 | 9,648 9,174 |
1.01 | 226.7 238.5 |
1.05 |
1990年 | 25,774 20,290 |
1.27 | 144.8 183.9 |
1.27 |
1995年 | 44,210 23,866 |
1.85 | 102.2 178.8 |
1.85 |
1997年 | 35,651 25,629 |
1.39 | 121.0 168.3 |
1.39 |
2000年 | 39,173 27,290 |
1.44 | 107.8 154.7 |
1.44 |
2010年 | 44,978 35,343 |
1.27 | 87.8 111.7 |
1.27 |
2021年 | 39,341 43,002 |
0.91 | 109.8 100.4 |
0.91 |
※ 為替レートは年平均値です。(1980年だけ何故物価水準の差異が生じるのかはわかりません)
2. 主要国のドル換算値の特徴とは?
続いて、G7など主要国のドル換算値の違いを見てみましょう。
図2がドイツのグラフです。
購買力平価換算値は右肩上がりで上昇していますが、為替レート換算値はアップダウンしつつ近年はやや停滞気味です。アメリカに対してやや物価水準が割安であることを示します。
購買力平価換算値に対して、為替レート換算値が沿うような推移に見受けられますね。
他の主要国についても見ていきましょう。
図3がイギリス(左上)、フランス(右上)、カナダ(左下)、イタリア(右下)のグラフです。
やはり購買力平価換算値が右肩上がりで増加していて、為替レート換算値がその近傍をアップダウンしながら推移している印象です。
イタリアが近年乖離が大きいようですね。
3. 物価水準の高い国
次に、スイスやノルウェーなど物価水準の高い国のドル換算値を見てみましょう。
図4がスイス(左)とノルウェー(右)のグラフです。
この2国はアメリカよりも物価水準が高い国です。基本的には為替レート換算値の方が購買力平価換算値を常に上回って推移しています。
アメリカよりも物価水準が高い分が、購買力平価で換算することで強制的にマイナス側に補正されているような感じですね。
このように明らかにアメリカの経済水準よりも高い国からすると、購買力平価で換算することでマイナス補正されるような効果があるようです。
4. 物価水準の低い国
それでは、アメリカよりも明らかに経済格差のある物価水準の低い国はどのようになるでしょうか?
図5は韓国のグラフです。
スイスやノルウェーと異なり、常に為替レート換算値が購買力平価換算値を下回るように推移しています。物価水準は常に1.0未満です。
明らかに購買力平価換算値が、為替レート換算値に対して「下駄を履かされた状態」のように見えますね。
少なくとも数値上は、経済格差分だけ購買力平価換算はプラス補正されて計算されていると見て取れると思います。
もう少し顕著な例を見てみましょう。
OECD加盟国で極端に物価水準が低いのはメキシコとトルコです。
図6がメキシコ(左)とトルコ(右)です。
両国とも物価水準がアメリカよりもかなり低い状態で推移しています。
為替レート換算値よりも購買力平価換算値の方がかなり大きく計算されている事もわかりますね。メキシコは購買力平価換算値が為替レート換算値のほぼ2倍です。
トルコは、直近の2021年では購買力平価換算値が為替レート換算値の3倍に達しています。
5. ドル換算値の注意点
今回は、各国の1人あたりGDPについて為替レート換算と購買力平価換算の特徴を眺めてみました。
購買力平価による換算値は、確かに滑らかなグラフとなり見やすいです。
為替レート換算は為替レートの変化で揺らぎが大きく非常に見にくいですね。
アメリカとの経済水準が相応の国であれば、購買力平価による換算値は参考になると思います。
一方で、明らかにアメリカとの経済水準に格差がある場合は、その格差分まで補正してしまう事になります。
経済水準の高い国(常に物価水準がアメリカよりも高い)場合にはマイナス方向に補正されますし、経済水準の低い国(常に物価水準がアメリカよりも低い)場合には、プラス方向に嵩上げされます。
つまり、購買力平価で換算された数値を見る場合には為替レートの揺らぎを平準化するだけでなく、「アメリカ並みの物価水準に置き換えると」という但し書きのついた数値だという事に注意が必要という事ですね。
着目する経済指標に対して、どのような観点で評価したいのかで換算する指数を使い分けると良いように思います。
例えば、相対的貧困率を規定するのに用いられる等価可処分所得など、その国の中での相対的な水準が重要な場合は為替レート換算よりも、購買力平価換算の方が相応しいかもしれません。
国際的な水準を比較したい場合は、為替レートの揺らぎも頭に入れたうえで為替レート換算する方がシンプルだと思います。
本ブログでは基本的に名目値の為替レート換算を基本としていますが、今後少しずつ購買力平価換算についてもご紹介していきたいと思います。
皆さんはどのように感じますか?
編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2022年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。