ガイアの夜明けに学ぶ、読まれる文章の書き方(中嶋 よしふみ)

先日、テレビ東京の人気番組「ガイアの夜明け」でスターバックスコーヒーが取り上げられた。新商品のフラペチーノ(砕いた氷を混ぜたドリンク)を開発するまでを追った内容だ。

自分はウェブメディア編集長として普段から執筆指導を行っているが、ガイアの夜明けは「読まれる文章」と全く同じ作りになっている。その構造を説明してみたい。

monticelllo/iStock

ガイアの夜明けのオープニング

テレビ東京で放送されている経済ドキュメンタリー「ガイアの夜明け」は、ほとんどの放送で共通している部分がある。それが番組のオープニングだ。

参考にスターバックスコーヒーを取り上げた回(コーヒー 新サバイバル 2018/5/15放送)の冒頭を紹介してみたい。

番組が始まると原宿の街頭からスターバックスの店舗外観が映される。ナレーションと共に店舗内へ映像が切り変わると、カウンターでは店員がフラペチーノを作っている。フラペチーノが人気商品であることも説明され、フラペチーノを好む若い女性客の声も紹介される。

次いでスターバックスの商品開発部門で行われる会議へと場面は切り替わる。モニターに映し出されたデータには10代、20代、30代の来店理由は上位に「フラペチーノの味」とあるが、40代以降にフラペチーノは全く無い。あくまでコーヒー目当ての来店であることが分かる。

コンビニチェーン各社が提供する格安のコーヒーがスタバを脅かしかねないことも説明され、それでもスタバを選んでもらうにはどうしたらいいのか? そこで40代以降の顧客にも支持される起爆剤としてフラペチーノを開発しよう……といった流れでオープニングから本編へとつながる。

ガイアの夜明けを見たことがある人ならば分かると思うが、番組冒頭は商品やサービスを利用する「顧客側の視点」がまずは描かれる。しかし番組コンセプトは企業内で奮闘する人が主役であり、この回であればスタバで新商品を開発するまでがメインの内容だ。

オープニングは4分以上と、放送時間の1割も使われている。限られた時間を有効に使うのであれば、このような「前フリ」は無くても良いように見えるかもしれない。しかし、実はこの前フリがガイアの夜明けを15年も続く人気番組にしている。

前フリの意味

ガイアの夜明けの視聴者はあくまで一般の視聴者であり、商品開発の担当者や企業経営者ではない。いきなり商品開発の場面から番組を始めれば視聴者を置いてきぼりにしてしまう。そこで「あなたに関係のある話ですよ」「あなたにとっても身近な話ですよ」ということを理解してもらうために、商品を売る側ではなく買う側・利用する側の視点から描く。

もちろん、ただ客の姿を映しているだけではなく、なぜ企業がこのような商品を作るのか、なぜこのような課題に取り組むのか、視聴者が番組に対してスムーズに興味を持つように丁寧に作り込まれている。

この手法は文章を書く際にも鉄板のテクニックだ。「フック」とか「取っ掛かり」と言ったりもするが、ガイアの夜明けと同様に読者に興味を持ってもらうきっかけを記事の冒頭に入れる。興味を持って読んでもらうための(ちょっとした)テクニックだ。

1行目から説明を初めてしまうダメな専門家の文章

文章を書く際、冒頭に「フック」を持ってくるなんて説明するまでも無い当たり前の話……と以前は思っていたがそうではないようだ。以前知人のFPから、がん保険に関する記事を書いたからチェックをしてほしいと依頼を受けた。自分よりもFPとしての経験は長く、保険販売の仕事も経験していた先輩のFPだが、執筆の経験については自分の方が多い。

とはいえ先輩FPにアドバイスをすることなんてあるのか、と思って記事を読んでみるといきなりズっこけてしまった。1行目から「がん保険とは……」と保険の仕組みについて説明を始めていたからだ。

冒頭には「フック」を入れることを無意識にやっていた自分は、初めてそれが「テクニック」の一つであると認識した。そして知人には、がん保険の話をするなら今話題になっているがんに関するニュース、例えばその時大きな話題になっていたニュースで、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がんを避けるために乳腺を摘出したことなど、そういう話題を入れるだけで読みやすさが全く違うと説明した※。

※ただし、がんのようなデリケートな話題はどのようなフックを入れるべきか慎重に判断する必要がある。脅して保険加入を促すような書き方は当然アウト。

フックに最適なものは文章ごとに異なるが、一番使いやすいのはいわゆる時事ネタ=その時々で話題になっているニュースだ。誰もが知っていて、なおかつ多くの人が興味を持っているからということになる。それが「あなたに関係のある話ですよ」「あなたにとっても身近な話ですよ」というフックになる。

フックの実例

アンジェリーナ・ジョリーさんの話であれば、ガンの一部は遺伝によるものであり、検査により高い確率で乳がんになる可能性が高いと分かったため切除に踏み切ったという。乳がんは5年生存率で見れば他のがんと比べて死亡率は低いが、それでも深刻な病気であることは間違いなく、特に女性であれば気にしない人の方が少数派だろう。こういったフックからガン保険の話を書けばスムーズな記事への導入となる。

とっくに気づいている人もいると思うが、この記事ではフックとして「ガイアの夜明け」を利用した。「誰もが知っている」という意味では有名なTV番組もフックになる。加えて、文章の書き方とガイアの夜明けは、組み合わせとして落差が大きい。落差が大きい組み合わせであるほど、読者の興味を引く。

過去に書いたものでは「大学生の就職活動」をフックに「お天気おねえさんのキャリア」を書いた「就職活動を始めた大学生はNHKのお天気お姉さん・井田寛子さんに学べ。」という記事がある。

当然のことながら変な組み合わせで釣って目をひけば良いわけではなく、フックを利用して読者に新しい視点を提供することが目的だ。従来は「お天気おねえさん=天気に詳しい・カワイイ」といった程度の視点・切り口しかなかったこともあり、この記事はヤフートップに掲載されて大きな反響を頂いた。

専門家は「文章の専門家」ではない

自分はマネー・ビジネス分野の専門家に編集長として執筆指導をしている。新たに応募してきた人を書き手として参加させるかどうかの判断も行っている。その判断のためにサンプル記事を提出してもらっているが、全く指導を受けていない専門家の文章は10本中9本は1行目からがん保険の説明を始めてしまうような知人のFPと同じ書き方だ。

税理士や社労士、司法書士、FPなど、専門家が書いた文章と聞けば読みやすい文章だと思うかもしれないが実際はその真逆だ。編集者の間では「専門家は文章がヘタ」であることは共通認識に近い。

おそらくプロのライターや文章好きな人にとっては、文頭にフックを入れるなんて常識、初歩の初歩、偉そうに説明するなと思われるかもしれないが、実際にはほとんどの専門家はその「初歩の初歩」が出来ない。

初歩の初歩なら編集者が教えれば良いじゃないかと思う人もいるかもしれないが、素人をイチから鍛えるような余裕は出版社には無い。それならばすでに文章力のあるライターに取材をさせれば良いと編集者は考える。つまり文章を書けない専門家は永遠に執筆の仕事が回ってこない。結果的に執筆の仕事が出来る専門家はごく一部ということになる。

これは商業メディアに限らずブログ等でも同じだ。無料のブログだからと読者は評価を甘くはしない。経済系の分野であれば、東洋経済やプレジデントやダイヤモンド、あるいは日経新聞など、そういった大手メディアの記事と同等以上の水準でなければ誰も読もうとは思わない。

ネット上には個人ブログも経済メディアも平等に存在している。自分は書き手としては素人だから、無料のブログだから、といった言い訳は一切通用しない。結果的に全く反響の無いブログを何年も放置、という専門家は珍しくない。

文章がヘタなのに自覚の無い専門家

だから専門家はダメとか能力が低いと言いたいわけではない。専門家はあくまでその分野の専門家であって、執筆の専門家ではないのだから文章がヘタなことは仕方が無い。しかし、一番の問題は専門家自身がそれを自覚していないことだ。

執筆指導では、出来上がった記事を真っ赤に直してどこがダメなのかを説明をすれば大抵の書き手は納得する。すると「私は文章が得意な方だと思っていた」「それなりに書ける方だと自信を持っていたのにショックだ」と言われることもある。最初は「え“、これで上手いと思ってたの?」と逆にショックを受けていたが、今では定番の流れとなっている。

執筆指導を受けていないということは、どんな文章が読みやすく、どんな文章が読みにくいか知らないのだから、あとは感覚で判断するしか無い。自身の文章力について誤解をしていても仕方が無いということになる。

専門知識は武器にならない

専門家が書く文章の特徴にもう一つ、専門知識をそのまま書いてしまうという傾向がある。専門知識を披露する文章、要するに「テキスト」に載っている文章だ。テキストのための文章なら良くても、雑誌や新聞のコラム、あるいはブログでそのような書き方はまず敬遠される。

そして専門知識をそのまま書いているだけではすぐにネタ切れする。自身の頭の中にある専門知識で、なおかつ一般向けの内容となれば極めてネタは限られる。

さらに専門家が決定的に勘違いしていることが「専門知識は武器になる」ということだ。同じ資格を持っている人は何万人もいる。例えば税理士ならば約7.7万人、弁護士が約3.7万人、社労士は約4万人だ。

専門家ならば誰もが持っている知識を披露しても、それはなんら差別化にならない。他の専門家と同じことしか書けないのならすでに知名度も実績も上のアノ人にお願いしよう、となってしまい、新しい書き手が後から割り込むことは不可能だ。専門知識はあくまで「道具」に過ぎず、ネタを専門知識で料理して、食べやすく=読みやすくした上で読者に提供するのが書き手の仕事だ。

そんなことはライターの仕事であって専門家の仕事ではない、というのであればそれは人それぞれのスタンスだが、メディアで名前を出して記事を書くことは専門家として仕事をする上で極めて重要な営業にもなりうる。それを放棄することはこれから業務を拡大したい人にとっては良い選択とは言えないだろう。

専門家は文章がヘタとしつこく馬鹿にしてるように感じたかもしれないが、そうではなく、多くの専門家が文章がヘタということであれば文章力を身につければそれだけ強力な武器になるということだ。専門家にとって専門知識はあって当然、そこにどのような武器を上乗せするか? その一つが文章力だ。

専門家であれば、自身の専門分野について全く知識の無い人がトンチンカンな話をしているのを見たこともあるだろう。これは執筆も同じだ。書き方を全く知らない人が書く文章はトンチンカンで読者に全く伝わらず、せっかくの手間をかけても時間の無駄どころか、マイナスの効果しか産まない。そして下手くそな文章はそれだけで頭が悪く見える。これは知識を売る専門家にとって致命的だ。つまらない文章を書くくらいなら何も書かない方が良い、ということも執筆指導ではしつこく伝えている。

専門家にとって必要なことは専門知識を伝えるための執筆テクニックだ。

中嶋 よしふみ(シェアーズカフェオンライン編集長・FP ビジネスライティング勉強会講師)

※こちらの記事は「ビジネスライティング勉強会」のサイトから転載しました。

【ビジネスライティング勉強会について】
士業やコンサルタントなど、差別化・ブランディングを図り集客につなげたい専門家のための執筆オンラインサロン。メイン講師の中嶋よしふみは、2011年にFPとして開業して以来、記事執筆のみでFP相談を集客し続け、出版やテレビ・ラジオへの出演・取材協力、経済紙等での取材・執筆業務を獲得してきた。また自ら運営する経済WEBメディア「シェアーズカフェ・オンライン」の編集長として、専門家・士業へ執筆指導を行い、執筆をきっかけに業務拡大を成功させた書き手を多数育ててきた。ビジネスライティング勉強会では、サロン会員に中嶋の執筆ノウハウを余すところなく提供している。

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年11月8日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。