中国の年金官民格差:習近平主席へのお勧め政策レシピ

最近ツイッターに写真がアップされた。読みづらいが、鄭拓彬という元大臣(1980年代に外経貿部(現商務部)部長)がもらっている年金の明細書だという。

月100万円相当の年金をもらう元大臣

「離休費」(狭義の養老金)は10,079元だが、他に生活補助25,798元、用人雇用費3,500元、離休補助9,810元だ何だで合計支給額が月額49,249.5元、いまの元/円レートで換算すると、約100万円だ。年金月額100万円は羨ましい!

真偽のほどは不明、本物だとしても何時の明細かも分からない。ただ、中国のネットをあさると、「地方公務員の中間管理職クラスだった父親は、月額1万元もらっている」なんて書込みがよくあるから、元大臣がその5倍くらいもらっていても不思議はない。

だが、話はここで終わらない。「希望之聲」という法輪功系のメディアがこの年金明細のことを取り上げていて「ここに挙げられたのは中共特権階級の待遇の一部に過ぎない」として、他にもこんな特権があると列挙している。

国家指導者級(≒政治局員、候補委員、副総理などのクラスまで)

  1. 住宅:建筑面積220㎡を基準として補助
  2. 専任ドライバー、警護員、看護士を派遣
  3. 年4回の国内旅行(1回3週間),家族帯同(人数無制限)
  4. 飛行機はファースト又はビジネス2~4シート,列車はグリーン割当て、車の移動は2~3輛のセダンかワゴン、空港はフライト時間の調整に協力
  5. ホテルはグランドスイート、飲食は無料
  6. 医療及び「特供(指導者専用の食品類の提供)」は無料、かつ病院は特別の便宜(特等個室、診察予約等)を計らう

中共部级退休干部工资条网络疯传

以下、「省部級(大臣、地方の省長)クラス」「副部長クラス」と、ランクが下がるにつれて、「専用車はないが必要に応じて車は手配を頼める」とか「看護士が就くのは75歳から」とか、「帯同家族は5人まで」といった段差がついていくが、それぞれの格に応じた待遇が保証される、と記事は言う。

人数で言うと、最高ランクの国家指導者OBは十数名、副国家指導者ランクがせいぜい100名以内、「省部級」ランクは4千名以内、副部長ランクは3万名以内らしい(ネット情報)。14億人もいる中国だから、特権階層がこれくらいで収まるなら、「まあ仕方ない」なのかもしれない。

問題は、この特権リストが「庁長・局長級」「副庁長・局長級」「処長級」と延々続いていくことだ。これに解放軍関係まで入れると、大なり小なりの特権待遇を享受する人数とそのための経費の額はどれほどになるのか・・。

「中国はセーフティネット(社会保障)のない国」か?

ここで「お上の特権」話からいったん離れて、話題を一般国民も含めた社会保障(年金・医療)に移す。日本では「中国は(社会保障の)セーフティネットのない国だ」という理解が一般的だが、この認識はいまや古くて修正が必要だ。

(1)トータル規模(予算など)でみると、既に「福祉国家」に接近
下の表は日・中の年金と医療を比較したものだ。単純に給付額を比較すると、公的年金の支給額は日本の53兆円に対して中国は107兆円相当、と2倍の支給規模だ。GDP比で比較すると、日本の10%に対して中国は5%と半分。ただ、中国はこれから少子高齢化が急加速するので、比率が日本に近付いていく。

年金保険料の徴収額をGDP比で比較すると、日本の7%に対して中国は4%、一方で財政による負担額は、日本の2.4%に対して中国1.8%だ。支給額の差に比べて中国の財政負担の規模が大きいのは、過去の原資積立がほとんどないからだろう。

筆者作成

同様に医療費をみると、医療費支払額は、日本の44兆円に対して中国は145兆円相当と3倍以上。ただ、GDP比で比較すると日本の8%に対して中国も7%とほぼ同等だ。

このように、年金・医療などの事業・予算規模を見るかぎり、中国は既に「セーフティネットのない国」ではなく「福祉国家」に接近しており、下のグラフが示すように、給付額も財政負担も年々増大している。

筆者作成

(2)「格差」だらけの実態-地域格差
それでは、中国国民も健康や老後の心配をせずに暮らせるようになったのかと言うと、さにあらずだ。

初めに中国年金制度の概説をする。中国の公的年金は3種類ある。日本の3本建て公的年金制度にやや似ている。

  1. 企業職工養老保険:都市で働く企業就労者が対象、日本の厚生年金に相当
  2. 機関事業单位養老保険:党・政・外郭団体の職員が対象、公務員共済に相当
  3. 城郷居民養老保険:都市戸籍非就労者、農村住民が対象、国民年金に相当

だが、中国年金制度の運用は、地方政府(省や市)に委ねられている。日本の昔の社会保険庁や日本年金機構のように中央で直轄する組織はないのだ。そのせいもあって、年金運用の地域格差が大きい。

いちばん給付水準が低いのは、3種の年金のうち「城郷居民(都市・農村住民)基本養老保険」だが、その1階部分である基礎年金については、中央が全国共通の最低標準を定めている(2020年改訂により月額93元)。

しかし、この最低額すれすれの地方もあれば、上海1100元、北京745元といった例もあり、地域間格差は10倍以上だ。

ただ、中国はEU丸ごとの中にルクセンブルグやドイツもあればルーマニアやギリシャもあるのに似て、経済力でも人口構成でも地域格差の大きな国だから、この格差を一概に不平等だと批判はできないだろう。

(3)途方もない官民格差」
一方、弁護しようがないのが「官民格差」だ。冒頭に挙げた元大臣の年金も酷いが、もっと根深く構造的な問題がある。

そもそも党や政府の役人の年金は、2015年までは保険料の全額が公費負担、つまり戦前日本の官吏の「恩給」と同じだった。さすがに「国有企業の従業員は保険料を納めているのに不公平だ」という批判が高まり、2015年からは「企業職工基本養老保険」への合流を目指す大きな制度改正が行われた。

とはいうものの、「経過措置」なのだろう、国家財政の決算書をみると、「行政事業単位養老支出」の名目で、実に1兆1230億元(2020年度決算、≒22兆9千億円)、年金給付額の4割に相当する金が投じられている。

しかも、この公務員年金は他の「企業職工」向け年金より格段に給付が多いのだ(年金給付額が現役最後の頃の手取り給与の何割に相当するかを表す「所得代替率」という指標があるが、一般の勤め人の年金だと4割なのに対して公務員の年金では8~9割とされる)。

いま年金をもらっているOBの大半は、現役時代に保険料を納めていない。納め始めた世代も保険料の何割かは補助金でゲタを履かせてもらっている、一方で代替率は一般の勤め人の2倍以上なのだ。中国が如何に「官尊民卑」の国か分かるだろう。

(4)医療面の官民格差はもっと酷い
上に掲げた表は、医療費部分について幾つも「?」が付く不完全なものだ。一般の勤め人や都市の非就労者、農村住民については、年金と併せて「医療保険」制度が設けられているのだが、公務員については「機関事業単位養老保険」に対応する医療保険制度がないせいで、データがきちんと取れない。

以前は無償だったが、いまは一応、一般の勤め人と同じ「職工医療保険」に加入し、公費で負担する80%の残りを個人負担するらしい。

しかし、これも経過措置なのだろう、個人負担分は所属機関で負担してもらえる(「报销」)らしい。冒頭の元大臣のようなOBだけでなく、現役の公務員もけっきょく「医療はタダ」ということだ(決算書を見ても、所属機関の負担経費がどこに潜り込ませてあるか、実態はベールに包まれている)。

以上から分かるように、冒頭に挙げた元大臣の年金明細は、巨大で構造的な「中国官民格差」の、文字どおり「氷山の一角」でしかない。中国の社会保障制度は、事業規模はずいぶん大きくなったが、配分には大きな偏りがある訳だ。

3期目習近平政権へのお勧め政策レシピ

ここまで読み進めてもらうと、本ポストが何を言いたいか、お察しがつくだろう。昨年打ち出した「共同富裕」は、目玉になるはずだった不動産税試行も深刻な不動産不況のせいで、見合わせになっており、いまのところ看板倒れだ。おまけに、社会保障を中心的に担う地方政府の財政も空前の財政難に見舞われている。

官民格差是正は「共同富裕」政策の目玉になり、地方財政難対策にもなる「一石二鳥」になりうる。

そう言えば、今年全国各地で地方公務員の大幅給与カットが始まっているという。基本給には手を付けないが、お手盛りで積み上げられてきた成果給を大幅に削り、3~4割の手取りカットが少なくない、しかも貧しい内陸や財政が特に苦しい東北地方ではなく中国で最も裕福なはずの上海、江蘇、浙江省などで盛んに行われているというのだ。

一例として、上海市の課長クラスの手取りが35万元から一挙に20万元にカットされた事例が紹介されている記事がこれ。カット前の35万元は日本円に換算すれば700万円だ。中国は既に「人件費の安い国」ではなくなっているとは言え、課長クラスの給与が700万円というのは高すぎる印象だ。

給与カットが相次いでいるという状況を、昔役人をやっていた経験から憶測すると、きっとこんな風じゃないかと思う。

地方「財政が破綻寸前です!中央のお力で何とか窮状を救ってください!」

財政部「何を言ってる!?自分達にこんな高給を払っておいて、破綻寸前が聞いて呆れる。『助けてくれ』と泣きに来る前におたくのビチョビチョ雑巾(支出)を『もう一滴も残ってない』くらいに固く絞って出直してこい!」

現役の役人の給与をカットするだけでは、効果のタカが知れている。本丸は退職者の社会保障特権だろう。ただ、現役の役人は従わなければ人事のムチを振るえばよいので、給与カットも執行しやすいが、OB達を黙って従わせるのは至難の業だろう。

共産党の既得権の核心部分だからだ。逆説的に言えば、こんな不公平がこんにちまで温存されていること自体が、是正が如何に難しいかを物語っている。

権力集中した習近平主席にこれができるか?

先般の「中国共産党第20回党大会」において、子飼いと腹心で政治局常務委員会のポストを独占した習近平主席と彼の3期目政権に、この難題を実行する力があるだろうか?

その前に、今回の人事について、一言言わせてほしい。

<ポスト独占人事は危うい>
子飼いと腹心で常務委員会を独占した人事を、世間は「習近平圧勝」と評するが、私は逆に、危うさを強く感じる。

権力センターである北京には、派閥や利益集団がひしめき合っている。自派閥でポストを独占すれば、他の派閥・利益集団を全て疎外、排除することになる。「だったら、何でもご自分達のお好きなようになさればよい」と拱手傍観されるだろう。「逆らう」ことは出来なくても、リスクを取ってまで、お仕えする気にはなれないだろう。

景気の低迷、社会不安、外交の難局・・・試練に見舞われたとき、習近平一派は、党内で無言の批判に囲まれて孤立する恐れがある。

「ポストを独占したから折伏できる?」そんな簡単な話ではないはずだ。

ところで、習近平主席は毛沢東を目指すそうだが、全然似てない面もある。毛沢東は「乱」を好むタイプだったが、対照的に習近平主席は「安全、安定第一」なタイプであることだ。

毛沢東も最初から最後まで皇帝のように権力を握り続けた訳ではない。1959~61年の大躍進の大失敗の後は、実権を劉少奇らに取り上げられた時期だってあった。そうして党内で劣勢に置かれたとき、毛沢東がやったことは、党外の大衆を動員して反対勢力を蹴散らすことだ(文化大革命)。

当然、文革のような大混乱を引き起こすから、「安全、安定第一」が大事な習近平主席は嫌うだろう。しかし、今回のような人事をやってしまった以上、そうばかりも言っていられなくなるのではないか。

何らかの試練に見舞われて習近平一派が党内で孤立したとき、劣勢を挽回するために党外の大衆の力を借りた毛沢東のやり方を真似る必要が出てくるのではないか。知識分子や民営企業家には嫌われている習近平主席だが、大衆には依然人気があることが数少ない取り得だ。趣味に合わなくても、難局に遭遇したら、このリソースを使わない手はない。

ただ、「庶民には人気の習近平主席」と言っても、「ホイッスルを吹けば、たちどころに大衆が集結してデモ行進してくれる」訳ではない。大衆動員の手が使えるテーマは限られていると思う。その一つが「官民格差」是正ではないか。年金などの官民格差是正は大衆の熱狂的歓迎を受けるだろう。

最後に

3期目習近平政権がほんとうに「官民格差是正」を断行したら、どうなるのだろうか。

法外な官製利権が整理されることは、「社会主義」が好みの習近平主席の趣味に合うだろう。一方、大衆はこれを拍手喝采で迎えても、それは束の間、それで不平等が均されても幸せな気分にはならないかもしれない。何故って中国人は清貧よりも派手な方が好きな人が多いから。「お上は『共同富裕』って言ってるけど、これじゃ『共同貧乏』だよね」と愚痴を言う人が多いんじゃないかな。

それと、「官民格差是正」を支持する大衆の熱狂がどこまで行くか?だ。当局公認のデモ行進くらいで満足してくれると良いが、「当局の黙許が下りた」と感じると、乱暴狼藉、破壊活動に走ってしまう連中も数多い。反対する年寄りを糾弾、迫害するような文革の混乱の再来になったら怖い。

この「お勧めレシピ」は、ほんとうに上手く行くのかな? 知らんけど。

お断り:私は専門家ではなく、中国の制度について事実誤認をしている可能性もあるので、そういうご指摘があれば歓迎します。


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2022年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。