防衛費増額やミサイル装備だけでは国は守れない

潮 匡人

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防衛力の抜本的な強化を検討してきた有識者会議は11月22日、報告書をまとめ、佐々江賢一郎座長(元駐アメリカ大使)が岸田文雄総理大臣に提出した。

焦点の「反撃能力」(敵基地攻撃能力)については、以下のとおり「不可欠である」と明記された。

インド太平洋におけるパワーバランスが大きく変化し、周辺国等が核ミサイル能力を質・量の面で急速に増強し、特に変則軌道や極超音速のミサイルを配備しているなか、わが国の反撃能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のために不可欠である。なお、反撃能力の発動については、事柄の重大性にかんがみ、政治レベルの関与の在り方についての議論が必要である。その際、国産のスタンド・オフ・ミサイルの改良等や外国製のミサイルの購入により、今後5年を念頭にできる限り早期に十分な数のミサイルを装備すべきである。

加えて、下記のとおり「継戦能力」向上の必要性についても明記された。

リアルな継戦能力を高めることは、抑止力と対処力の向上につながる。そのためには、これまで十分に手が回らなかった弾薬や有事対応に必要な抗堪性の高い施設等のその戦力の基礎となる部分を着実に整備していくことが必要である。自衛隊に常設統合司令部と常設統合司令官を設置することも早急に検討する必要がある。

なお、後段の「常設統合司令部」および「常設統合司令官」の設置については、人気コミック『空母いぶき GREAT GAME』のなかで「統合総隊司令官」が登場している。手前味噌ながら、みたび、現実がコミックを後追いした格好だ。

さらに報告書は、

現在、わが国が置かれている安全保障環境は、非常に厳しく、「待ったなし」の状況にあり、中途半端な対応ではなく、防衛力の抜本的強化をやり切るために必要な水準の予算上の措置をこの5年間で講じなければならない。

と明記したうえで、「縦割りを打破した総合的な防衛体制の強化」に加え、「防衛産業は防衛力そのものといえる」と記述したうえで、「より積極的に育成・強化を図っていく必要がある」とも明記した。

いずれも妥当かつ適切な指摘と考える。間違っても、これらの提言が店晒しにされることのないよう、切に願う。

議論を呼んだのは、「経済財政の在り方について」の部分である。報告書は「国力としての防衛力を強化するためにも、経済力を強化する必要がある」としつつも、「国債発行が前提となることがあってはならない」と明記した。保守陣営が合唱した「防衛国債」発行論を明確に退けた格好だ。

すでに一部陣営は、報告書を「財務省の増税路線に屈した」云々の脈絡で批判している。果たして、いずれの主張が妥当なのであろうか。

まずは虚心坦懐に報告書を読んでみよう。

英国政府の大型減税策が大幅なポンド安を招いたことは、国際的なマーケットからの信認を維持することの重要性を示唆しており、既に公的債務残高の対GDP比が高いわが国は、なおさらそのことを特に認識しなければならない。加えて、安全保障上のツールとして金融制裁を活用するケースが増えてきており、金融市場に強いストレスがかかった際、有事におけるわが国経済の安定を維持できる経済力と財政余力がなければ、国力としての防衛力がそがれかねない点にも留意が必要である。その意味で、防衛力の抜本的強化を図るには、経済情勢や国民生活の実態に配慮しつつ、財政基盤を強化することが重要である。

必ずしも経済の専門家ではないが、報告書の指摘は筋がとおっているように思える。加えて以下の結論部分には、大きく膝を打った。

歴史を振り返れば、戦前、多額の国債が発行され、終戦直後にインフレが生じ、その過程で、国債を保有していた国民の資産が犠牲になったという重い事実があった。第二次大戦後に、安定的な税制の確立を目指し税制改正がなされるなど、国民の理解を得て歳入増の努力が重ねられてきたのは、こうした歴史の教訓があったからだ。

そうした先人の努力の土台の上に立って、国を守る防衛力強化が急務となっているなか、国を守るのは国民全体の課題であり、国民全体の協力が不可欠であることを政治が真正面から説き、負担が偏りすぎないよう幅広い税目による負担が必要なことを明確にして、理解を得る努力を行うべきである。

いくら防衛費を増額し、「十分な数のミサイルを装備」しようとも、国民の支持がなければ、自衛隊は戦えない。

報告書が明記したとおり、国を守るのは国民全体の課題であり、国民全体の協力が不可欠であることを政治が真正面から説くことが最も重要な課題である。岸田内閣の使命は、この一点にかかっている。