最近、各方面で活躍している金融アナリスト、大槻奈那さんが面白い仮説を披露しているのをyoutubeで観た。
大月さんは、要旨次のように述べている。
- 最近新興国に対する世界の貸付を通貨別にみると、人民元がシェアを伸ばしている可能性がある。今後中国が世界的なマネーフローの中で、「資金の出し手」としての役割と影響力を増すのではないか
- 中国は財政的に見ると、中央財政はまだ余力があるので、新興国への与信もそう簡単には減らないだろう
- いまのドル高、ドル金利上昇によって、新興国はドル債務の負担が重くなってくる。彼らにとって中国、人民元が困難を脱するための新しいソリューションになる可能性がある
- 善し悪しは別として、そうして人民元経済圏が形成されるといった、新しい局面がやってくるかもしれない
すぐに想像がつくのは、「債務の罠を仕掛けている中国が途上国を助けるとか、どの手が助けるってんだよ?ww」といったネットツッコミが出るだろうということだ。しかし、せっかく興味や反論をかき立てる仮説が提出されたのに、検討もせずに脊髄反射するのはいただけない。
ただ、このアイデアは要検討点が二つある。
第一の要検討点:財務・財政的な問題
大月さんは「中国の財政は日本に比べれば債務も少なく余力がある」と述べている。たしかに一面ではそうだ。BISの非金融セクター向け与信統計によっても、中国の一般政府向け与信の規模はGDPの73.4%で、日本の231.3%とは段違いだ(2022年3月時点、ちなみに米は117.3%、独は70.5%)。国債発行残高に至っては24.3兆元(昨年GDPの21%)でしかない(日本は1000兆円、GDPの263%)。
だが、もう一面では、中央が健全な分、地方財政がガタガタだ。過去10年以上にわたって過剰なインフラ投資を重ねて、その借金でぱんぱんになっている(BISでGDP比156.7%とされている「非金融企業向け予信」の中に、融資プラットフォームだのインフラ公社だの、事実上地方政府が返済責任を負う負債がたんまり隠れている)。
とくに、今年は昨年来の不動産不況で全歳入の3割を占める土地収入が3割減といった具合、昨今の不景気と、対策としての大幅減税で税収はさらに減り、PCR検査費用もばかにならない・・・。
という訳で、今年の全国財政(中央+地方)は、財政赤字が急増している。表向きは過年度剰余金の繰入や国有企業・人民銀行の上納などの決算操作でGDPの3%水準だと言っているが、中国国際金融公司アナリストは「今年の広義の財政赤字(歳入ー歳出)は、既に10兆元(GDPの9%)を超えた」という推計を発表している。
加えて、いま中国は家計の不動産ローンやデベロッパー向け与信が急減している。 今後はそれらに代わって財政が経済を支えざるを得ない(中国がゼロ成長を覚悟しないかぎり、そうなる)。財政赤字はさらに急増していくだろう。何だか90年代後半の日本経済に似てきて「バブル崩壊」とは言わないが、「ポストバブル期入り」した感じだ。
とは言え、「中国は新興国を支援するカネがもはやない」訳ではない。本土と香港を合算すれば、いまや日本を上回る世界一の対外純資産保有国だ(2021年末時点で日本411兆1,841億円に対して、中国+香港は469兆2616億円。財務省資料)。
また、銀行が受け入れている預金総額は250兆元を超えているが、このうち約8%分の預金準備金を中央銀行に積ませているから、準備金比率を0.25%下げるだけで約6千億元(≒12兆円)の流動性を解放できる。
第二の要検討点:ドル債務の負担増大で苦しむ新興国を支援する役割を担う意欲・覚悟が中国にあるか?
海外に回せるカネは、あるにはある。しかし、外から見た印象論にすぎないのだが、この第二点に大きな「?」が付く気がする。
中国の海外向け投融資と言うと「一帯一路」が浮かぶ。我々はそこで「債務の罠」を連想するが、中国では「海外向け投融資の焦げ付き問題」を連想すると思う。
国家開発銀行、中国輸出入銀行を主たる担い手とする中国の海外向け投融資は2000年代に始まり、リーマンショック後に大きなピークを迎える。ところが、それら既往の投融資の少なからぬ部分が焦げ付いたたため、両行は中国で大きな批判に晒された。そこで「債権は保全してある」ことをアピールしよう、と現地の資産をカタに取ったら、今度は海外から「最初からわざとやったんだろう」「債務の罠だ」と批判された(スリランカ・ハンバントゥタ港問題)。
そんな経緯があるせいで、中国の銀行が現地と締結する借款契約は、「他国債権より優先的に弁済する義務」「契約内容は対外秘」といった条項を含む極めて不透明なものになっている。
しかし、昨今のドル高、ドル金利高がやって来て、今後デフォールトする途上国がさらに増えそうな気配で、貧困国に対する債務免除や瀬戸際国に関する債権国間協議の必要性はますます高まりそうだ。
中国が対外債務の弁済で苦しむ新興国を支援する役割を担うとしたら、担当するのは国家開発銀行や中国輸出入銀行を措いてないと思うが、その両行の過去のトラックレコードが良くないために、そんな構想が中国で持ち上がったら、「またカネをドブに捨てるのか」「借金で苦労している国に追い貸しなど、もっての外」といった強い批判・抵抗を受けるのではないだろうか。
そこで、このyoutubeを観ながら私が考えたのが、これを日中両国の新しい協力案件にすることが出来ないだろうか?ということだ。
新たな日中共同事業に?
日本はこの分野で多くの経験を持つ国だ。
1980年代前半は、「強いドル(=ドル高)」と石油価格の下落でメキシコを手始めに中南米諸国が債務危機に陥った時代だったが、当時の日本では経常収支黒字がどんどん積み上がり、欧米から受ける貿易摩擦や円高の圧力が急激に強まった時代だった。
そんな時代背景の下で1986年、「途上国の累積債務問題の解決や経済開発に貢献するため、日本の黒字資金を還流する」いわゆる「資金還流」政策が打ち出された。
当初は貿易摩擦対策、円高対策の色合いが濃く、中身も世銀やIMFへの資金提供といったところから始まったが、次第に日本独自の経済協力の性格が強まっていく。
もう一つのエポックは1997年に起きたアジア金融危機だ。タイ、韓国、インドネシアなど日本との結びつきが深い地域が窮地に陥った。
このとき日本はバブル崩壊から既に数年が経ち、欧米からの貿易摩擦や円高圧力は下火になっていたが、10年前の「受け身」な資金還流でなく、東アジア・東南アジアの危機脱出、危機に打ち勝てる足腰の強い経済を育てるために、主導的に動いた。
以上のようなトラックレコードを持つ日本が中国と協力して、来るべき新興国・途上国の債務危機対策に取り組むことができれば、次のようなメリットが期待できる。
- 債務危機で困難に陥っている新興国・途上国を助けることができる。とくに、日中共同事業であることが、対象国に安心感を与える
- 日本にとって、国際貢献の大きな三度目のレコードを残せる。欧米の存在感が低下している昨今だけに、意義は大きい
- 「この分野で実績のある日本との共同事業」なら、過去の焦げ付き体験のせいで、対外与信に批判的な中国の人々の説得が容易になるし、中国が国際金融分野で他国と協力する経験も増やせる
- 最近前向きな話題に乏しい日中関係における新たな協力案件になる
私は、とくに4番目が大切だと思っている。今後の日中関係は、安全保障面で台湾有事、敵基地攻撃能力といったしんどい問題が山積する時期に入ることが避けられない。喩えて言えば、今後の日中関係のバランスシートは負債案件がてんこ盛りだ。
そんな局面だからこそ、緊張・対立一辺倒でなく、「協力すべきところは協力」して資産・負債のバランスを維持する努力が欠かせない(そうしないと、正常な外交関係の維持が難しくなる)。
昨今の霞が関は、前向きな日中案件を企画立案する人が少なくなった。「親中派」だと思われて得するところがないからだろうか。故安倍総理は中国の「一帯一路」に呼応して「第三国協力」構想を打ち出した(2017年6月15日「アジアの未来」会議 安倍総理スピーチ(8:30~))。この構想もずいぶん悪口を言われたし、結果的に具体化した案件もほとんどなかった。しかし、中国から好感された。
安倍政権は、平和安全法制制定、日米防衛ガイドライン改訂など大型「負債」案件を数多くこなしたが、それでも中国が「安倍政権は日中関係を改善した」と位置づけるのは、こういう取り組みをしたからであり、資産・負債のバランス努力の見本だと言える。
今後日中が厳しい時代を迎えるがゆえに、第三国協力の後を継ぐ新たな協力案件が生まれることを願っている。
編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2022年11月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。