ツイッターを買収したイーロン・マスク氏が「長時間の激務か、退職」を迫ったことで議論が沸騰している。何事かを成し遂げるなら必死でやりとげる覚悟が必要だと思うので、よくぞ言ってくれたと思っている。特に、地盤低下の著しい日本には必要だと考えている。
私は大阪大学付属病院時代に思うことがあり、大阪府立病院(現・大作府立急性期。総合医療センター)の救急医療専門診療科に身を投じた。1年の半分以上を当直し、自分を鍛えた。激務で辛かったが充実していた。目の前の患者さんを救うために文献を読み漁ったし、夜も寝ずに必死で働いた。おそらく、この1年間が人生で最も勉強をした時期だと思う。
府立病院での1年間を経て、怖いものなど何もないという気分になるくらいに、自分の成長を感じた。心臓に刃物が刺さったまま来た患者(助かった)、血友病で到着築後に心停止になった患者(この患者も助かった)、10人の腹部刺傷の患者(全員救命できた)、おなかの両端から棒がつきだしていた患者(開腹時に腹部大動脈から出血―無影灯が真っ赤に染まったー無事回復)と修羅場をくぐったお陰だ。目の前の患者さんを救いたい気持ちだけで日々暮らしていた。
医師という職業は現場の経験がものを言う職業だし、緊張感が人間を鍛えるのだと思う。チャラい研修医ドラマを見ていると腹立たしくもある。腫れ物に触るような研修医を育て方で、まともな医師が生まれるとも思えない。米国の若手医師も自分を鍛えるために私生活を犠牲にしている。それは人の命を預かる職業に携わる人間としての倫理観だと思う。患者・家族の必死の思いを受け止めてこその医師だと想う。しかし、最近は時間を切り売りしているサラリーマン医師が多い。緒方洪庵のように、人生のすべてを患者のためにと言っても時代遅れなのだろうが、やはり医療の原点は他者を思いやる気持ちだ。
そして、カタールのサッカーワールドカップでは、文化の違いに注目が集まっている。ビールは会場内で販売されなくなった。私がカタール財団に招かれて訪問した際にも、夕食には水だけ、ホテルの部屋で飲んだコーラ代は払ってくれたが、ビール代は請求されたことをこのブログでも書いた。欧米の言うところの多様性を認めるなら、国の文化の多様性も受け入れるべきではないかと思う。欧米の価値観がすべての国の適用されるべきだと言うのは、欧米の思い上がりだとしか思えない。と言いつつ、大阪の喫茶店やレストランの喫煙可は何とかして欲しいといつもボヤいている。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2022年11月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。