情というもの

アリストテレス(前384年-前322年)の『弁論術』に、ロゴス・パトス・エートスの三要素、論理・感情・信頼ということが挙げられています。之を私流に平たく言えば、知情意ということだと思います。ロゴスとは正に知であり、パトスとは情であって、エートスとは倫理の世界で之を意と解釈しても良いでしょう。此の三要素は人を動かすに、何時の時代も非常に重要です。

『草枕』の一節に、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」とありますが、此の知情意を如何にバランスさせるかが極めて大事なのです。知情意全体を統一体としてバランスして行くに当たっては、知情意夫々の個々の中でのバランスも重要になってきます。「中庸の徳たるや、其れ至れるかな・・・中庸は道徳の規範として、最高至上である」(『論語』)というように、中庸を保って行くは至難の業です。それを達成するべく我々は死を迎えるまで修行し続けて行かざるを得ないのです。

経営とは、多くの人間が一つのベクトルに向かい和の力を発揮して行くように組織を動かすことで、之が出来た時に組織体というのは強くなります。人間組織というものは、知情意の三要素がバランスを持って上手く機能した時に、初めて本当の力が発揮されるのです。知だけで組織運営出来るものでもありません。エートスというか倫理的価値観が全ての根本としてなくてはならず、その上に知と情があるわけです。強い組織では倫理的価値観が共有化され、所属している色々な人々の知や情がバランスを取りながら運営されているのです。

自らが描くビジョンを達成する為に、組織の様々な人に納得して貰う必要性が出てきます。理詰めで説くと「智に働けば角が立つ」わけで、その理自体は正しくとも感情として受け入れられない、といったケースも多々出てきます。王陽明が弟子に与えた手紙の中に、「天下の事、万変と雖(いえど)も吾が之に応ずる所以(ゆえん)は喜怒哀楽の四者を出でず」とありますが、経営においても枢要なものは、単なる理知でなく情と合わさった知、即ち、情知だと私は考えています。

情こそがある意味最も人間を人間たらしめるもので、そもそもが之を抜かした経営などというのはあり得ません。人間の世界は所詮「喜怒哀楽の四者を出でず」、それぐらい情というのは大事なのです。「人間は社会的動物である」とアリストテレスが言うように、人というものは他人や社会の干渉なしには存在し得ない、自分一人では生きられない動物です。ですから集団生活を円滑にする為には、知よりも情に重きを置くべきでしょう。人を動かし世を動かす為に、情知を人間学を通じた修養により磨いて行くのです。


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2022年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。