サッカーW杯:日本代表は何に負けた?産業にも類似の構造?

サッカーワールドカップ(以下、W杯)、日本代表はコスタリカ代表に敗れました。

これには日本中が“がっかり”…と言っても良いでしょう。

優勝候補のドイツ代表に2-1で勝利するという歴史的な快挙の後でしたし、対するコスタリカ代表はスペイン代表に0-7で敗れたあとでした。必然的に日本中が勝利を期待してしまいますよね。

失望のなかで戦犯探しが過激化

“がっかり”が過ぎたのか、一部では戦犯探しが過激化してしまいました。その中で、後半から左センターバックに入った伊藤洋輝がネット上で罵詈雑言の標的になる騒ぎに発展しました。

これには世界のマスコミもびっくりしたようです。日本代表のレジェント本田圭佑や伊藤洋輝と交代で退いたベテランの長友裕介も困惑したようで、伊藤洋輝への批判を止めるよう呼びかける騒ぎに発展しました。

批判の主な内容は消極的なバックパスが目立ち、チャンスを生み出す予感がする三笘薫へのパスが少なかった…ということのようです。コスタリカ代表が攻めてこないなら、リスクを犯さず引き分け狙いで勝ち点1を積み上げグループ2位を確実にする…という狙いだったとされています。

この狙いの是非はともかく、チームとしての戦略が前提としてあったのであれば、個人を批判することは的はずれです。次のスペイン代表戦に向けて、応援するのがサポーター本来の姿勢でしょう。選手が存分に戦えるように、サッカーを愛する一人の日本人として応援したいと思います。

filipefrazao/iStock

日本代表は“サッカー”というプレイで負けていたのか?

ただ、過激化はダメにしても、失望という心の痛みを感じるのは無理もない事かもしれません。実際、内容的には日本代表が攻め込む時間が続きました。

数字で見ると、ボール支配率は日本代表が57%でした。シュートは日本代表の14本に対して、コスタリカ代表は4本。ドリブルの成功は日本代表の11に対してコスタリカ代表は7。コーナーキックは日本代表の5に対してコスタリカ代表は0。ゴールの可能性があったシュートもたった1本。

これはもう、日本代表が圧倒的に攻め込んでいたように見える数字です。なので、前節の結果だけでなく、サッカーの内容としても日本の勝利を期待してしまう内容でした。

期待が大きければ失望も大きいものです。失望を誰かにぶつける行為は絶対に許されませんが、大きな失望が生まれやすい状況にもあったと言えるでしょう。

日本代表は何に負けたのだろう?

ただ、不思議です。圧倒的に攻め込んでいながらなぜ日本代表は敗れたのでしょうか?

識者が敗因を様々に考察しています。

たとえば…

  • ターンオーバー(中心選手の疲労を取るために選手を入れ替える)を狙ったことで攻撃の連携が崩れた
  • 試合運び(勝ち狙いor引き分け狙い、など)における意思統一ができていなかった
  • 失点直前の日本守備陣のプレーが中途半端だった(ボールを失ったプレーが注目されがちですが、得点を決めた選手を誰もマークしていませんでした)
  • 日本代表の切り札とされる三笘薫をうまく使えなかった

・・・などなど。すべて正しいのだと思いますが少々複雑ですね。忙しい方々のためにシンプルに表すと要は下の図のような事態に陥っていたのです。そして、この構図は日本企業の負けパターンにもよく似て見えるのです。

コスタリカ代表の守備と日本代表の攻撃のイメージ

コスタリカ代表の中央の3バックに対して1トップ2シャドーの形で1対1で争うシステムを構成。その周りでもほぼ常に1対1以上の形を作られボールは持ててもゴールに迫れない。

サッカーというシステム

サッカーとはシンプルなシステムのスポーツで、ゴールという限定された空間にボールを入れれば勝利、入れられれば負けです。お互いに、ユアボールなら守備ブロックを組み、マイボールなら敵の守備ブロックの隙間を抜けてゴールを狙います。

そして足でボールをコントロールするので、ボールを持つ選手は必然的に持っていない選手よりも動きの自由度が下がります。ボールをキープするだけならボールを持つ選手が有利ですが、狭い空間に入り込むのは動きの自由度が高いほうが有利です。ボール扱いの名手と言えども、ディフェンダーに邪魔されながらシュートを打てるスペースに入り込むのは簡単ではありません。だからなかなか得点が入らないスポーツなのです。

システムを上手に活かしたのはコスタリカ代表だった

こういう場面で、得点を奪うには守備ブロックに隙間を作ってボールを扱うスペースを作るプレーが必要になるのです。ですが、これは実は人数をかけて攻め込めば攻め込むほど難しくなります。

図のように狭いスペースに密集してしまうからです。日本代表はコスタリカ代表にこの難しい形を「作られた」というわけです。

たとえばスペイン代表のペドリのようにポジショニングの微調整で上手にスペースを作り出せる選手がいて、空いたスペースの使い方の相互理解があればコスタリカ代表のように護るチームからも得点できますが、先日の日本代表はそれができませんでした。

逆に攻め込んだことで空けてあげてしまった自陣ゴール前のスペースで、一瞬フリーにしてしまったケイセル・フレールにゴールを決められてしまった…というゲームだったのです。

システムに負けているのはサッカー日本代表だけではない?

一つ一つの局面では日本代表が有利にボールを持ち、圧倒的に攻めているかのような数字も残していますが、サッカーというシステムで本当に大事なところでは不利な戦いにはまってしまっていたのです。

このような不思議さがサッカーの魅力でもありますが、私たちが応援する日本代表がサッカーというシステムに負けると本当に悔しいですね…。

ただ、このような局面で勝利してシステムで敗れる…という戦い方、日本産業でも時に見られるものかもしれません。

たとえば、日本でしか作れない超高精度で超ローコストのセンサーを開発したとします。これで「素晴らしいセンサー」という局面では勝利しているかもしれません。

しかし、そのセンサーを組み込むシステムがなければセンサーの使い道がありません。結局のところシステムを開発して普及させたほうにセンサー導入の決定権も、納入価格の決定権も持っていかれてしまいます。

わかり易いシステムの例としてはiPhoneやAndroidスマホが挙げられます。日本はハイテク大国と信じていた私は、iPhoneやAndroidスマホのようなものは日本から始まって欲しかったのですが、残念ながら今は海外製のスマホを使っています。よく調べれば日本製の部品も入っているのでしょうが、日本企業が安く納入させられていないか心配になることもあります。

局面で勝利して、システムで敗れる…なんとも悔しい現実ですね。もしかしたら、日本にはシステムで勝利するという文化がまだ根づいていないのかもしれません。ぜひ、根付かせたいですね。

日本企業がこのような負けパターンを繰り返さないためにも、まずはサッカー日本代表にサッカーというシステムでの勝利を掴んでいただきたいものです。

日本の未来のためにも、サッカー日本代表を応援しましょう!

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。