功成り名遂げて身退くは天の道なり

アルベルト・アインシュタイン(1879年-1955年)の言葉に、「人生を楽しむ秘訣は普通にこだわらないこと。普通と言われる人生を送る人間なんて、一人としていやしない。いたらお目にかかりたいものだ」というのがあります。普通か否かは相対的なものですが、我が身を振り返ってみて普通の人生を送ってきたかと言うと、「まぁ違うなぁ~」という気はします。私は社会に出てからこれまで仕事に没頭してきました。1日4時間半程度の睡眠時以外、朝から晩まで一分一秒たりとも仕事のことが頭から離れて行くことはありません。仕事のことを考えながら本を読み新聞・雑誌に目を通して、御飯を食べている時は又ふっと仕事のことを考えます。常々そういうふうに頭が回転し仕事に打ち込んでいるのは、恐らく普通ではないでしょう。

普通の人が如何なる生活を営んでいるかにつき、率直に申し上げて私にはよく分かりません。仕事の他、趣味・家族・友人等全てのバランスを取りながら生きているのかもしれません。他方その人が本当にそれで幸せな人生を送っているかどうかは、また別の話です。
『論語』の「雍也第六の二十」に、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とありますが、仕事でも何でも楽しむ境地になってやっていれば、生き甲斐や遣り甲斐があるということなのだと思います。私自身は仕事を嫌だと思ったこともなく、寧ろ生き甲斐を見出してきたのかもしれません。従って私から仕事を取ったらば、一体私の人生は何だったのか、というふうに思うのかもしれません。

しかし段々と年を重ね行く中でも、何時までもトップを退かずにいたら一体どうなるでしょうか。私は今月98歳になる母親を毎日見、此の8年近く老々介護を続けていますが、母は年齢と共に脳の老化、即ち認知症はどんどん進行しているように思います。人間である以上、私自身も脳の老化への道に一歩一歩近づいているということでしょう。

組織の長は、気力・知力・体力が充実していなければ務まりません。そうでないと直観力も働かず、的確な判断も下せません。「功成り名遂げて身退くは天の道なり」(『老子』)――どこかで退くということを真剣に考えないと、役職員や株主に迷惑を掛けることになります。「猫の首に鈴を付ける」と言いますが、私は自らを厳しく律して自らに鈴を付けねばならないと思っています。

自分自身の能力の限界は、自分で分からねばなりません。その為には、日々思考力・記憶力・直観力等々を自分でチェックしたり、脳のMRIを年1回ぐらい受けたりしています。自分の気力・知力・体力の充実具合は、事業の実績として残ってきます。結果が出なくなったらば、「貴方もう勘も鈍ってきたね」という世界でしかないのだと思います。私の能力は今の所は落ちていないように思います。


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2022年12月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。