Denying the correlative
二者択一の質問に対し、選択肢とは異なる回答をして論点から逃げる
<説明>
「二者択一の回避」は、互いに背反する言説について二者択一を迫られたときに選択肢とは異なる言説を主張することで論点から逃げるものです。狡猾なマニピュレーターは、あたかも二者択一以外の選択があるかのように装って回答し、論点を無効化します。これは、二者択一の質問に対する【質問の言い換え】と捉えることもできます。
論者Aが論者Bに二者択一の質問QAをする。
論者Bが選択肢とは異なる言説を主張する。
論者Bにとって都合が悪い質問QAの存在が忘れられる
<例>
<例1>
A:私のケーキを食べちゃったのはあなたですか?
B:私はケーキが嫌いです。
<例2>
未成年:煙草下さい。
コンビニ店員:あなたは20歳以上ですか?
未成年:残念ながら個人情報なので明かすことはできません。
肯定すれば目的を達成することができず、嘘をついて否定してもすぐにバレるような場合に人はしばしば選択肢にないことを回答します。ちなみに、次の<例3>は「二者択一の回避」ではありません。
<例3>
A:政権を支持しますか?不支持しますか?
B:私はどちらともいえません。
C:私はわかりません。
この質問の回答は「支持する」「支持しない」に加えて「どちらともいえない」「わからない」という回答も存在するので、二者択一を回答者に求めることはできません。
<事例1>B型肝炎訴訟
<事例1a>衆・厚生労働委員会 2009/04/01
山井和則議員(民主):大臣、このB型肝炎についての国の責任ということに関してどうお考えですか。
舛添要一厚生労働大臣:五名の方は最高裁の判決がありますから、これは当然、国の責任がある、要件が認定されたということで非常に重い責任があると思っております。
山井議員:五名の方の話をしているんじゃないんです。五名の方は、百四十万人の代表として裁判されているんです。飯野教授も、半数ぐらいは予防接種じゃないかと。五人だけが予防接種を受けたわけじゃないんですから、トータルのB型肝炎の方々の感染に関して国がどういう責任を感じているかということを聞いているんです。
舛添大臣:それは、どういう理由で肝炎になったかという証拠の確定がきちんとしなければならないので、そのために最高裁がそれを確定したわけですから、そこで国の責任が、例えば予防接種のたらい回しのようなことがあれば、これは責任であるということですから、証拠に基づく要件の確定がまずは前提だと思っております。
山井議員:私は、そういう答弁を聞いていると、昨年の薬害肝炎のあの和解は何だったんだと。要は、救済してほしかったら訴訟しなさいと。十八年かかって、その間にお亡くなりになられた方もおられるわけですよ。(中略)皆お亡くなりになってしまいかねないですよ。そうじゃなくて、やはり一日も早く和解に結びつける、これが薬害肝炎の教訓だったんじゃないですか。
麻生政権の舛添大臣の人格を非難した上で一日も早くB型肝炎訴訟に和解するよう涙ながらに求めた民主党・山井議員です。まもなく民主党政権が成立して厚生労働省の政務官に就任すると、まるで別人のような答弁を行いました。
<事例1b>衆・厚生労働委員会 2010/03/24
大村秀章議員(自民):山井政務官は野党時代、選挙の前、この厚生労働委員会で、この点について質疑をしています。その際「一日も早く和解に結びつけるのが薬害肝炎の教訓だったのではないか」「和解へ持っていく思いは持っているか」「厚労省は前向きに対応すべきだ」ということを、もう何度も何度も何度も何度も涙ながらに繰り返し訴えていました。今はどういう考えですか。簡潔にお答えください。
山井和則大臣政務官:薬害肝炎、そしてB型肝炎の問題、これは私も、命を守るのが政治の原点であるという思いでライフワークとして取り組んできましたし、政務官になって、これからもそういう思いで取り組んでいきたいと思っています。(中略)。B型肝炎の被害者の方々が適切な医療を一日も早く受けられるように、またその方々の救済のために、引き続き私は全力で頑張ってまいりたいと思っております。
大村議員:前段はもうわかっているから結構です。最後あなたが言われた一番肝心なところをぼやかそうとして前段を引っ張ったと思いますが、訴訟についてどうするのか。あなたは「和解すべきだ」「何で和解に持っていかないんだ」と散々言っている。その考えに変わりはないのか。
山井政務官:このB型肝炎の和解については多くの患者の方々に広がりがある問題と認識しています。だからこそ、一厚生労働省だけの問題ではなく、仙谷大臣にも調整役を担っていただき、首相官邸とも協議をしながら、今回、私たちは政府全体で取り組むという考え方を示して、今も鋭意その議論をしております。私も長妻大臣の指示のもと、また仙谷大臣の指示のもと、しっかりと取り組んでいきたいと思っております。
大村議員:あなたはこれまで、「国は和解に応じるべきだ、厚生労働省はそれに前向きに対応すべきだ、何で和解しないんだ」と言ってきました。そのお考えに変わりはありませんか。5月14日の期日までに和解をするようにということで行動されますか、されませんか。いかがですか。
山井政務官:原告の方々も一日千秋の思いで前進することを待っていると思っていますし、残念ながら、1日に120人もの肝炎の患者の方々が亡くなっています。これは本当に一刻の猶予も許されない問題だと思っております。だからこそ、(中略)。これは党派を超えて、ぜひとも、このことに関しては厳しく御指導そしてまた御指摘もいただきながら、一緒に党派を超えて取り組んでいきたいと思っております。
大村議員:和解に向けて行動するのかしないのかと聞いているんです。イエスかノーか、言ってください。
山井政務官:この和解に関してはさまざまな論点があります。
山井議員は、大村議員の「和解に向けて行動するのかしないか」という二者択一の質問に回答することなく「この和解に関してはさまざまな論点があります」と回答しました。この答弁は極めて妥当です。
国家権力である行政機関は、法の支配によって行動する義務があるからです。ただし、そのような義務があることも無視して、舛添大臣の人格を無責任に非難していた山井議員は完全に倫理違反を犯していました。
<事例1c>衆・厚生労働委員会2010/05/14
大村議員:きょうから協議が始まりました。この和解について、あなたはどういう立場で臨まれますか。
山井政務官:大臣が答弁されましたように、裁判所を仲介にして誠実に話し合いをしてまいりたいと考えております。
大村議員:和解にならなかったらあなたは議員をやめますね。答弁ください。
山井政務官:まさに、つい先ほど和解協議のテーブルに着くという回答をしまして、これから裁判所を仲介とした話し合いが始まるというところでありますので、いい方向に進むように私も努力をしたいと思いますし、裁判所を仲介として適切な話し合いがこれからなされることを期待しております。
大村議員:まるで人ごとのような答弁でしたね。あなたはずっと、この前まで言ってきたんですよ。そのことを、もう全部議事録は残っているわけですから、あなたが政治家として言ってきたことをしっかりとやっていただかないといけない。要は、和解にならなかったらやめるのかどうか、そのくらいの覚悟で臨むのかということを聞いているんだけれども、全然お答えにならない。この間もそうでした。そういう意味で、今回の問題について、今の人ごとのような答弁、まさに腰が引けていると言わざるを得ない。あなたの政治家としての資質を問われるということを申し上げたいというふうに思っております。
ちなみに民主党政権が終わると、山井議員は晴れて民主党政権前のスタンスに戻りました(笑)。行政の立場を理解している議員が、その立場を悪用してこのような人格攻撃を繰り返すのは本当に無責任の極致です。
<事例2>もう一つの事実
<事例2>NBCテレビ『Meet the Press』2017/01/22(抄訳)
チャック・トッド氏(NBCキャスター):説明して下さい。なぜトランプ大統領はショーン・スパイサー報道官にすぐにバレる嘘(トランプ大統領就任式に集まった群衆の数が過去最大であったという嘘)をつかせたのですか。大したことではありませんが、報道官に就任して最初の声明から嘘ですよね?
ケリーアン・コンウェイ氏(トランプ大統領顧問):いいえ違います。そんなに大げさに言わないで下さい。あなたは嘘と言うかもしれないけれども、スパイサー報道官は「もう一つの事実(alternative facts)」を伝えたのです。
チャック・トッド氏:ちょっと待ってください。「もう一つの事実」など事実ではありません。嘘です。
過去に大統領就任式に集まった群衆の数が最大であったのはオバマ大統領の就任式であり、スパイサー報道官が伝えた「トランプ大統領の就任式に集まった群衆の数が過去最大」というのは明確なフェイク・ニュースでした。ただ、トランプ政権にとっては真実を認めることはプライドが許さず、また映像という客観的証拠がある以上、虚偽情報をそのまま流布し続けることも不可能でした。
二者択一の質問に回答できないコンウェイ氏は、とっさにフェイク・ニュースを「もう一つの事実 alternative facts」と言い換えました。名探偵コナンも言うように「真実はいつも一つ」であり、パラレル・ワールドが発見されない限り「もう一つの事実」がないことは自明です。
情報操作と詭弁 > 論点の誤謬 > 論点回避 > 二者択一の回避
☆★☆★☆★☆★
公式サイト:藤原かずえのメディア・リテラシー