世界53か国102か所に設置している中国警察署:他国の主権を侵害(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷 昌敏

スペインの人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ(Safeguard Defenders)」が発表した報告書によると、中国政府が海外に在住する中国人を監視し、場合によっては強制帰国させるため、日本を含む欧米諸国など53ヵ国102ヵ所に「中国警察署」を設置しているという。これは、単に海外に居住する中国人の人権侵害に留まらず、国際法の原則に違反し、第三国の主権を侵害している行為だ。

すでに、米国やカナダ、ドイツ、オランダなど欧米各国で設立され、日本でも東京など2ヵ所に拠点があるとされる。2014年以降、中国政府は、政権批判を続けたなどとして在外中国人1万人あまりを強制的な手段で帰国させた。さらに対象となる中国人の親族などが中国国内で不当な嫌がらせにあったとされる。

「中国警察署」は何をしているのか

中国警察署は、2つの任務を担っている。第一は、逃亡者を誘拐して母国に連れていき逮捕する。第二に、逃亡者を目的国、公海、国際空域、または目的国と犯罪人引渡し条約を締結している第三国の領土に誘い込み、逮捕または引き渡すことだ。

中国側は、贈収賄、汚職、または権力乱用で告発された経済犯罪者と党および州の役人のみを標的にしていると主張しているが、実際には、反体制派や人権擁護者、ウイグル人に対しても誘拐や拉致が行われているようだ。具体的には、中国の体制を批判した人物の親族を逮捕・拘留して帰国するよう圧力をかけた例、法輪功信者に対して、家族に危難が降りかかると脅して帰国させようとした例、難民認定された者を難民キャンプで拘束して連れ去った例などがある。

中国側は、「中国警察署」が単なる行政拠点であり、新型コロナウイルスの影響で大勢の海外在住の市民が海外で足止めされて中国に戻れず、運転免許証の更新などの書類の更新ができない状況に対応するために設立されたものだと説明する。だが、現在、複数の国が「中国警察署」に対する調査と措置を決定もしくは検討している。

<米国>
米国政府は、「ニューヨークの海外警察サービスセンター(中国警察署)の調査が進行中である」とし、さらに「中国内外の宗教的および精神的実践者、少数民族グループのメンバー、反体制派、人権擁護家、ジャーナリスト、労働組織者、市民社会組織者、および平和的な抗議者を抑圧することを目的とした政策または行動に責任がある、または共謀している中国当局者に対して、FBIなどが起訴およびビザ制限を行っている」ことを発表した。

<英国>
スコットランドのニコラ・スタージョン首相は、グラスゴー海外警察サービスセンターに対する調査内容を発表した。また、「現在、地元および国のパートナーと協力して、犯罪行為の有無を確認している」と述べた。

<ドイツ>
ドイツの警察と国内治安機関は、「中国がフランクフルトに違法な治外法権警察署を維持しているかどうかを調査している」と発表した。内務省のスポークスマンは、さらに「連邦共和国は海外の警察署の運営に関して中華人民共和国と二国間協定を締結していない」と指摘し、「連邦政府は外国の国家権限の行使を容認しない。したがって中国当局はドイツ連邦共和国の領土に対して行政権を持たない」と強調した。連邦政府はまた、「ドイツでの活動における中国の外交使節団が、確実に外交関係に関するウィーン条約および領事関係に関するウィーン条約の枠組みの中で動くように指示している」と述べた。

<オランダ>
オランダ外務省は、「中国がオランダに2つの違法な警察署を設置したという報告について調査している」と述べた。さらに「私たちは現在、警察署で何が起こっているのかを省として調査しており、それについてより多くの情報が得られれば、適切な行動を決定することができるだろう。問題なのは、中国政府が外交ルートを介して警察署について私たちに通知しなかったため、そもそも違法になっているということだ」と発言した。

日本在住のウイグル人が強制連行か

2017年、Rというウイグル人が中国・広州の空港に降り立ったところを公安部に逮捕されたが、容疑ははっきりしていない。同人はそのままトルファンの強制収容所に入れられたが、その後の消息は不明だ。

R氏は滋賀県所在の日本企業に勤務していた。広州には、通訳として出張した際に逮捕された。日本企業側は日本の外務省に連絡したが、外務省は「日本国籍者ではない」と言って何もしてくれなかったとのことだ。

容疑を明らかにしない逮捕・監禁は、明白な人権侵害であり、外務省は容疑について質し、身柄の返還を要求すべきだったのではないか。中国側は、もし、R氏に何等かの罪状があるならば、外務省の公式ルートを通じて犯人の引き渡しを求めるべきだったろう。

中国公安部が空港で事前に待ち構えていたことを考えれば、出発前に日本から連絡が入っていた、もしくは、R氏が以前からブラックリストに掲載されていた可能性がある。日本における「中国警察署」の活動を今後も放任するならば、日本国内の中国人に対する拉致・誘拐などの人権侵害と日本の主権侵害がこれからも日常的に発生することになる。

この問題の深刻な点は、「中国警察署」が飲食店、マッサージ店などに仮装していて、その活動が不明なことと、政治家や官僚などを接待したり賄賂を渡すことで、事件のもみ消しや存在の見逃しを図っていることにある。

日本において、既に中国大使館、中国領事館、中国警察署を中心とした情報ネットワークが在住中国人などの間に構築されている可能性が高いことを考えれば、もっと根本的な対策が必要であることは言うまでもない。スパイ防止法などの強靭な抑止策を早期に策定されることを強く望みたい。

藤谷 昌敏
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程修了。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、一般社団法人経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。