中国の習近平国家主席が推進してきた「ゼロコロナ」政策は昨年12月7日を期して撤回されたが、中国各地でコロナウイルスの新規感染者が急増している。そのような中、外国への渡航制限が解除されたこともあって、1月21日から始まる春節(旧正月)前後に中国旅行者が欧州に殺到することが予想されている。観光業者やホテル業者にとっては朗報だが、喜んでばかりはいられない。中国人ゲストを迎える前に、欧州諸国は中国発のコロナ感染の再拡散を防ぐために予防措置を早急に取らなければならないからだ。
ところで、アルプスの小国オーストリアは観光国だ。中国旅行者が好きな観光地はクラシック音楽のメッカ・ウィーン市のほか、オーバーエスターライヒ州のザルツカンマーグートにあるハルシュタット(Hallstatt)湖畔だ。中国人はオーストリアの湖畔の風景に魅了され、中国の企業が2012年6月、ハルシュタット湖畔の家並み、ホテル、教会、広場ばかりではなく、街の色彩までそのまま完全コピーし、中国で高級分譲地を建設し、販売を始めたほどだ(「オリジナルとコピーの“文化闘争”」2015年11月7日参考)。
中国旅行者がハルシュタット湖の美しさを発見する前は、湖とその周辺は静かだったが、中国旅行者が殺到して以来、約900人の住民が住むコミュニティはチャイナ・ヴィレッジ(中国村)となったわけだ。
中国からコロナ検査済みの旅行者のみが訪ねてくるのならば問題はないが、オーストリアは目下、中国旅行者へのコロナ検査義務を施行していない。中国から旅行者が殺到すれば、新しいコロナ感染が拡散する恐れが再び出てくる。
ちなみに、中国からの渡航者への予備措置では欧州連合(EU)27カ国にはまだコンセンサスがない。国内の医療機関の新規感染者受け入れが厳しくなっているフランスやスペインは中国からの渡航者に対し、コロナ感染の陰性証明書の提示やワクチン接種証明を入国時に提示することを要求している。一方、ドイツやオーストリアは特定の国からの渡航者への規制強化には消極的だ。今年上半期のEU理事会議長国のスウェーデン政府は4日、統合政治危機対応(IPCR)メカニズムの会議を招集し、中国からの感染拡散を防ぐために欧州レベルで入国制限の可能性を視野に入れた統一戦略を検討することになっている。中国外務省は欧州の一部で中国人旅行者への検査義務の導入を検討していることに対し、「中国国民への差別だ」と激怒している。
オーストリア保健省は3日、来週から中国からの全てのフライトの廃水タンクを回収してサンプルのシーケンスを実施。また、中国人旅行者が頻繁に訪れる全ての場所の廃水検査を定期的に実施することを発表した。ウィーンとザルツブルクの下水処理場は連邦監視プログラムに既に入っている。同国保健省は、「中国で現在広がっているオミクロン株の場合、わが国では既に免疫を有する国民が多い」と説明し、中国旅行者の殺到でパニックに陥らないようにアピールしているところだ。
ハルシュタットの場合、現地の下水処理場での排水検査を実施することで、コロナウイルスの新しい変異株の有無を調査できる。中国旅行者が飛行機内や訪問先で残した痕跡を分析することで、新たなコロナ感染の拡大を未然に防げるというわけだ。
ただ、廃水から新しいコロナ変異株が発見された時、オーストリア国内で既に感染が拡散している状況が考えられる。フライト内の廃水検査を迅速に実施しなければならないが、中国旅行者は他の欧州諸国を訪問した後、陸路でハルシュタット入りするケースが多いことだ。
ハルシュタットの観光担当者は、「中国からの大量の観光客の殺到を回避するために、中国内でのハルシュタットの広告PR活動を縮小した。その浮いた予算を町のインフラ整備や文化プログラムの充実に使っている」という。
観光客が少ない都市の観光担当者が聞いたならば、「贅沢な悩みだ」と言うかもしれないが、ハルシュタット周辺の住民にとって中国人旅行者の殺到は村の風景と静けさを損なうだけではなく、コロナ感染のリスクを高めるダブル・カタストロフィというわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。