前回の記事「SHOWROOMはなぜ六期連続で赤字に陥ったのか? ~ライブ配信アプリのビジネスモデルとその弱点~」では、ライバーの目標となるイベント開催に過剰なコストが掛かることから自社でショート動画のメディア「smash.」を作る事にした、という社長インタビューを紹介した。その結果はどうなったのか?
smash.の減損
前田氏は2021年のインタビューで、ショート動画メディアのsmash.に加えてライブコマースに力を入れる事を掲げている。ライブコマースはジャパネットたかたのような通販番組をネット上でなおかつリアルタイムで行う手法で、瀬戸内を拠点とするSTU48が地元の商品を紹介・販売する取り組みを行うと紹介している。
(参照)SHOWROOM前田社長が放つ、「プロ」の短尺動画 東洋経済オンライン 2021/01/27
仕組みとしては面白いけどどうだろう……と思っていたが、報じられたのは残念ながら六期連続の赤字だ。
SHOWROOMは上場企業ではないため詳しい決算書や有価証券報告は公開されていない。公式サイトにある決算公告では2022年3月期のバランスシートとわずかな注記があるのみだ。
そこで書かれていることは、ショート動画メディアsmash.に投じた開発費用とコンテンツの制作費用、それぞれ約7300万円と10.76億円、合計で約11.5億円の全額が減損(げんそん)処理されたという話だ。
減損とは投じた金額から得られる利益を客観的に見積もった際に、回収できそうにない場合は株や設備等、バランスシートに計上された評価額を減らすことをさす。
設備投資は投資した以上のリターンを得られる想定で行う。その目論見が破綻した場合は損失を計上してください、という会計ルールが減損だ。現状では「回収可能価額をゼロ」、つまり過去にショート動画メディアに投資した金額はすべて回収できないものとして特別損失に計上したとある。2022年3月期に増加した20億円の赤字はsmash.の減損も大きく影響しているはずだ。
smash.の開始は2020年10月、減損をしたのは2022年3月決算で1年半程度とかなり短い。もちろん、これは会計上の数字の話なのでsmashが消えるとか閉鎖されるわけではないので、そこは誤解をしないで下さいと明言しておく。公式リリースを見てもsmashに関する告知がのっているため今後もこれまで通り運営されるのだろう。
ただし、チグハグさを感じる部分はいくつもある。
SHOWROOMはAKBグループや坂道シリーズなど女性アイドルが前面に打ち出されていて、他の配信者も女性が圧倒的に多い。一方でsmashのCMには男性アイドルグループのHey! Say! JUMPが採用されており、サイトを見ても男性タレントや男性アイドルがかなり多い。
SHOWROOMのライバーにとって憧れの場所、というコンセプトとはズレを感じる。加えて、smash.ではショート動画の他にライブ配信も行われている。SHOWROOMのように自由に参加できないようだが、2つのライブ配信アプリで住みわけがどうなっているのか、チグハグさを感じると書いた通りだ。
一部コンテンツが有料で月額550円で提供されていることも他の大手動画配信サービスの価格を考えると相当厳しいだろうことも推測される。
多額の減損について、筆者はSHOWROOMとsmash.でシナジーを目指したけど失敗した……と理解していた。ただ、改めてインタビューを読むとSHOWROOMで人気がある人でも出演が難しいくらい希少な場所にすると前田氏の発言にある。出演することが憧れになるようなメディアを目指すのであれば、確かにSHOWROOMで人気があるライバーを軽々しく出演させることは間違いで、男女が比云々といった小さい話も一切関係ないのかもしれない。
テレビや人気ファッション誌と同じくライバーの目標になりうるメディアを自社で作ってSHOWROOMをより発展させる……そんな壮大な目標を掲げる一方で短期で減損処理は奇妙に見えるが、現状でまだ答えは出ていない、という事なのだろう。
ユーザーに課される「3週」という謎の儀式とハードル
SHOWROOMの売上は有料ギフト(投げ銭)の販売による手数料と説明したが、すべてのリスナーがお金を払って応援しているわけではない。そこで使われるのが無料ギフトだ。
ライブ配信を見る=配信ルームに入ると画面下部に星のマークが表示される。これをタップすると無料のギフトを投げてライバーを応援できる。ライバーにとって無料ギフトは収入にはならないがポイントとして加算されるため、なおかつ有料ギフトを投げる人は一部のため、前述のイベントで勝つには極めて重要な要素だ。
他のアプリでも無料と有料のギフトがあることが一般的だ。取得方法は一定の時間を視聴する、アプリを開いてログインをする、SNSで配信を拡散して宣伝するなど様々だ。
サービスの一部が無料で残りは有料、これはあらゆるカテゴリで使われているビジネスモデルでフリーミアムとかメーター制という手法だ。日経新聞なら一ヶ月で記事は10本無料、もっと読みたければ有料会員になってくださいという仕組みだ。漫画アプリなら1日一冊まで無料など様々だ。
SHOWROOMでは応援に使うギフトが一部無料となっている。
無料ギフトの「星」を獲得するための条件が「配信ルームに入って30秒経過すると10個×5色獲得」となっている。一度に保有できる星の数は99個が5色で最大495個、当然取り放題ではなく時間制限がある。一度星を満タンになるまで獲得すると一時間待たないと次の取得はできない。
無料ギフトについて細かく説明した理由は、このルールが筆者の見る限りライトユーザーの参入を阻む、つまりSHOWROOMのユーザー拡大を阻む原因になっているからだ。
30秒で貰えるなら大したハードルに見えないかもしれないが、まずは数が多すぎる。保有する無料ギフトをすべて投げるには495回もタップする必要がある、と言えばどれだけ面倒か分かるだろう。
加えて、無料ギフトを最大数まで獲得するには他のライバーの配信を10人分も見る必要がある。これはユーザーには多数のライバーを見て気に入った人を見つけてほしいという意図、ライバーには多数のリスナーと接触する機会を提供するという面で意味はあるだろう。
ただ、リスナーは応援するライバーに星を投げるため配信中に他のルームで無料ギフトを集める必要がある。つまりこの「星集め」をする間は応援したい人の配信を見られない、という意味不明な矛盾が発生する。
これはリスナーにとって極めて不親切な仕組みで、明らかにユーザー体験(UX・ユーザーエクスペリエンス)を損ねている。3週というワードは、この星集めを効率的に行うと一回の配信で最大で495個×3回分、約1500個分のギフトを集めて投げられることからそう呼ばれている。興味のある人は「SHOWROOM・3.週」でググってみてほしい。面倒かつ複雑すぎる手順に呆れるだろう。
もちろん、無料ギフトの仕組みが面倒ならお金を払って有料ギフトを買えば良いという話になるが、これは間違いだ。
ユーザーを遠ざけてしまう無料ギフトの仕組み。
ライトユーザーでSHOWROOMを使い始めたばかり、あるいはお金を払うほどじゃないけどたまに見る程度のリスナーにとって、応援に必要な大量のタップや無料ギフトの獲得が面倒なこと(目当てのライバーが見られない仕組み)は、明らかに不親切な仕組みとしてユーザーが増えない原因にもなっている。ヘビーユーザーになる前に離脱してしまう。
面倒なら何もせずに見るだけでも問題は無いが、ライブ配信アプリの存在意義はライバーとのコミュニケーションでそこに投げ銭も含まれると書いた通りだ。
フリーミアムの手法、大量の無課金ユーザーと一部の課金ユーザーで運営するサービスは、ユーザー数の増加が命だ。なぜならすそ野が拡がって初めて課金ユーザーも増えるからだ。言うまでもなくユーザーに過剰な手間を取らせるべきでない。
ライトユーザーからヘビーユーザーとなって課金をする人が増えなければ、あるいは無課金でも継続的にライバーを応援するユーザーがいなければ、ライバーが離脱する可能性が高まり、SHOWROOMの売上にもマイナスになる。
SHOWROOMでは、有名なタレントやアイドルを除けば多くのライバーのフォロワーは数百人程度、1000人を超えたら多い方だ。Twitterやインスタグラムのフォロワー数と比べたらこれは極端に少ない。ユーザー数の少なさはSHOWROOMに限らず他のアプリでも同様だが、SHOWROOM単体ではUXの悪さが影響しているはずだ。
この仕組みに慣れたユーザーからはSHOWROOM最大の特徴じゃないかと文句を言われそうだが、どー考えてもユーザーが増えない最大の原因だと思いますよ、ユーザーが増えないとあなたが応援してるライバーもいつか配信辞めちゃいますよ、という事になる。
なぜライブ配信アプリは広告を出せないのか?
SHOWROOM個別の問題とライブ配信自体の問題まで様々な指摘をしたが、ライブ配信アプリのビジネスモデルで最大の弱点は広告が出せない事だ。メディアビジネスで広告が出せない事は致命的と言ってもいい。そして実際にライブ配信アプリでは全く広告が表示されない。
同じ映像メディアであるYoutubeとテレビはどちらも広告収入が柱だ。テレビなら定期的にCMが流れる。Youtubeならば動画が流れる前や途中で広告が流れて、バナー広告(四角い枠の広告)も表示されている。
SHOWROOMで同じように広告を流したらどうなるか。技術的には可能でも誰もクリックしない。なぜならこれからライブ配信、つまり「生放送」を見ようとしている・あるいは見ている人が広告をクリックするわけがないからだ。Youtubeであれば広告をクリックした後に元の画面に戻れば動画を見られるが、ライブ配信ならば生放送を見逃してしまう。
同じ動画コンテンツでも「ストック型」=いつでも見られる形式のYoutubeと、「フロー型」=生でしか見られないライブ配信では全く性質が異なる。
広告を入れたくても入れられず、無理に入れたところでクリック率は異常に低くなるだけで収益に寄与しない。テレビの生放送でCMは流れているが、テレビでは多数の視聴者数が見ることから「一方的に見せるだけ」の広告でも成り立つ。ウェブ広告は通常クリックしてリンク先を見て貰う必要がある。見せるだけの広告はインプレッション広告といって存在はしているが単価が低い。
単価が低くても流せば良いかというと、それでも表示は難しい。生放送の配信を邪魔するからだ。テレビであれば一つの番組を多数の視聴者がみるため、CMの間は番組の進行を止める形で広告表示とタイミングの調整が可能だが、ライブ配信は多数のライバーが自身の配信ルームでテレビより何ケタも少ないリスナーを相手にしている。テレビで言えば数千のチャンネルにCM(広告)を一斉に流すタイミングを調整できるか?と考えれば現実的に不可能だ。
あるいは個々のルームで配信が30分経過するごとに広告を流す、といったやり方ならライバーが自ら調整することは不可能ではないだろう。ただ、それでも実際に広告が流れるアプリを少なくとも筆者は見たことが無い。邪魔なだけではなく、得られる収益に対してライバー・リスナーとも他のアプリに逃げてしまうなど弊害があまりに大きいことは容易に予想がつくからだ。
ライブ配信に堂々と広告が流れるとしたら、それはYoutubeのように圧倒的なシェアを確保してテレビと同じ位ユーザーを獲得したライブ配信アプリが生まれた時だろう。Youtubeの広告も当初は極めて評判が悪かったが、単純に他にライバルがいなかったから実現できた、という説明になる。
広告が流せない、それだけでもメディアとして極めて不利なビジネスモデルだが、もう一つの不利な仕組みもSHOWROOM固有の問題ではなくライブ配信アプリ自体の問題となる。それが動画コンテンツにおける「ストック」と「フロー」の違いだ。これもまたYoutubeと比較すれば容易にわかる。
(次回につづく)
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年12月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。