前回に続き、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」を紹介する。
(前回:「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文②)
2.3. 続き
ネットゼロが困難な例として、軍隊あるいは戦闘地域での「ネットゼロ」の試みは、更なる困難に直面すると紹介されている。
例えば英軍では2040年までに航空機のネットゼロを実現する目標があり、米軍も電動車両の導入を計画している。しかし、必要なバッテリーサイズや戦闘地域での充電等を考えると、現実的にはかなり困難である。
例えば、Typhoonと言う航空機の離陸時重量は21tあり、4tの燃料を積んでいる。そのエネルギー量は49MWhである。リチウムイオン電池でこのエネルギー量を供給するには、エネルギー密度を180Wh/kgと仮定して、この離陸重量の13倍(272 t)の電池が要る(49×106Wh/180×103Wh/t=272.2t)。これではとても飛べない。
余談だが、先日のTVドラマ「科捜研の女」で、邪悪な心を持つ天才科学技術者が現れ「ガソリンと同じエネルギー密度を持つ蓄電池を発明した!」と豪語していたが、確かに、実現したら現状の70倍(=272/4)近い高密度電池になるわけで、豪語するだけのことはある。逆に、それくらいの高密度電池ができないと電力で動く飛行機は難しいと言うことになる(もっとも、そいつはその高性能電池を殺人に使って、とっ捕まってしまうわけだが)。
ある軽装甲車両の例。長さ6.2m×幅2.5m、重量4667kgで300マイルを走る。これをテスラのSタイプ電気自動車(重量2100kg、100kWhの電池搭載、300マイルを走る)と比較してみよう。
装甲車はテスラ車より2.2倍重いので、少なくとも220kWhの電池が要る。これを屋根に取り付けた太陽電池で充電しようとすると、太陽光が「ピーク」時に発電できる量は1m2当り150Wなので、長さ6.2m×幅2.5mの屋根に取り付けると全充電するには約95時間かかる(220kWh/(0.15kW/m2 × 6.2m × 2.5m)=94.6 h)。太陽光がピーク時で95時間かかるのだから、実際には1週間以上かかるだろう。敵が攻めてきたら、どうするの・・?
むろん、こんなことでは戦闘地域では使えないから、現実的にはどこかに専用の充電施設を作ってバッテリーを貯蔵しておき、カートリッジ的に交換して使うのだろう。しかし、この施設を太陽光発電で運営するとなれば広大な面積が必要になるし、敵側から見れば最も攻撃しやすい標的になる。なお、バッテリー製造に関わる環境負荷については後述する(→3.1. :次回予定)。
2.4. ネットゼロに関して必要な他の事項
ネットゼロを進めるためには、エネルギー・インフラだけでなく住宅や建築物での種々の改良が必要になる。
例えば、英国には2200万の家庭でセントラルヒーティングを行っており、少なくとも2600万個のガスボイラーが設置されている。これを電動式の「ヒートポンプ」に換えてネットゼロの足しにしようとすると、コスト負担が大きくなる。現状、英国でヒートポンプを設置するのに、1基1〜2万ポンドかかる(コストはサイズや設置場所によって変わる)。多くの家庭ではその負担に耐えられないだろう。
また、ヒートポンプでは、ガスボイラーのように熱湯をすぐには供給できないし、熱湯を供給するにはお湯を溜めておくタンクも必要になる。熱力学的に言えば、ヒートポンプではガスボイラーのような大きな温度差を作れないので、加熱冷却ともに時間がかかることは避けられない。従って、断熱・貯留その他の付帯設備費用がどうしても高くなる傾向がある(ヒートポンプ給湯器の参考資料を示す)。住宅の断熱化も重要な課題だが、問題はやはりコスト負担である。
その他、交通・エネルギーネットワーク・農業における温室効果ガスの排出などについても本論文では触れているが、ここでは省略する(交通関連は第3節で詳説する)。
2.5. 全世界的な温室効果ガスの減少はどの程度見込めるのか?
前稿でも触れたように、本論文では化石燃料分(489.7EJ)の60%(=293.8EJ)を、CO2フリーのエネルギーで代替するための電力設備容量を9320GWとし、これを設備稼働率40%の風力+太陽発電で賄うには23300GWが必要で、これは現状の全世界風力+太陽発電容量の28倍に当たるとした(筆者から見て、これらの数字に幾つか疑問点はあるが)。
これまで述べたように、この達成には、社会の様々な面で大きな変革が必要であり、大きな困難を伴う。特に、化石燃料の消費により経済発展を図るつもりだった発展途上国には強い規制がかかる(とされる)。
しかし実際には、必ずしもそう(=化石燃料消費の減少)はなっていない。例えば2021年11月にグラスゴーで開かれたCOP26では、石炭の「フェーズアウト(段階的廃止)」を採択しようとしたが、多くの国々がその文言を受け入れなかった。
例えばインドは大きな石炭資源を持っており、風力+太陽も増やすつもりであるが、石炭の消費もやめない。たとえ、供給エネルギー中の構成比率が低下するとしても、全体のエネルギー消費量が増え続けるので、石炭消費量も絶対値としては増え続ける。実際、インドの石炭生産は2022年3月までに8.6%増えて7億7720万トンになった。同様に、中国でも2022年の石炭生産は増え続けて前年を越えると見込まれている。
※ 筆者注:2022年の世界の石炭消費量は、1.2%増えて初めて80億トンを越えた。消費が圧倒的に多いのは中国で、以下2位インド、3位米国、4位日本である。
中国での風力+太陽のエネルギー供給は2021年に3.54EJで2019年の2.27EJより56%増えている。しかし同じ時期に、化石燃料消費も8.47%増えている。同様に、インドでも風力+太陽は24%増えているが、化石燃料消費も2.4%増えている。サウジその他の産油国は、しばらくの間、強気の姿勢を保てることになる。
従って、温室効果ガスを排出削減しようとしても、世界規模で見ると問題のスケールが大きすぎて容易には進まず、2050年はおろか2070年まででもその達成は困難だろう。故に、化石燃料の燃焼は2050年を過ぎても世界のエネルギー供給の主力であり続けるので、効率的に使うための改良・技術開発は続けなければならない、と本論文の著者は言う。
3 交通分野での脱炭素
本節こそ、本論文の著者が最も強調したい内容であろう。まずは現在、世界の交通の99.7%が内燃機関(ICE:internal combustion engine)で動いており、そのエネルギー源の95%は化石燃料由来であると著者は述べる。
交通(特に自動車)の電動化には幾つか種類がある。バッテリーだけで動くBEVs(battery electric vehicles)、内燃機関と外部充電バッテリーを併用する「プラグイン・ハイブリッド」PHEVs(Plug-in hybrid electric vehicles)、トヨタ・プリウスのような古典的な「ハイブリッド」HEVs(hybrid electric vehicles:内燃機関で発電してモーターで走る)などである。
※ 筆者注:現在ではPHEVとHEV間で車の構成自体に実質的な差はないので区別する意味はさほどない。
なお、ハイブリッド化の意味は、脱炭素と言うよりも、単にエネルギー効率(=燃費)の向上にある。実際、トヨタ・プリウスが出現した時にユーザーを驚かせたのは、当時としては驚異的な燃費の良さであった。
世の中一般には、完全電動のBEVsこそが「ゼロエミッション」であり、これから内燃機関に取って代わるべきと広く信じられている。他の選択肢としては、再エネ発電で生産した水素で走る燃料電池車(FCV)や低炭素燃料などがあるが、いずれも種々の問題点を抱えており、現在世界で毎日1100万ℓもの化石由来燃料を使っている交通分野に、大きな影響を与えることはない。
※ 筆者注:再エネで発電したのなら、その電力で充電してEVやPHEVを走らせたら良いだけの話で、何もわざわざ電力を消費して水素を作り、燃料電池で走らせる意味はほとんどない。エネルギー的にも設備コスト的にも、無駄=浪費が大きい。強いて利点を挙げれば、バッテリーが不要なことであるが、700気圧と言った高圧水素タンクを積むなど、FCVには安く作れない条件が多い。
現状、BEVs(電気自動車)は、自家用車やバンのような低負荷用途車LDVs(light duty vehicles)にだけ使われており、それは世界の交通の約45%程度を占める。他の、トラック・重機等の高負荷・長距離輸送用途車や、船舶(水上輸送)、また航空用には、電動化の壁は高い(つまり、この分野での内燃機関依存は当分避けられない)。
例えば、エアバスA320のような中距離ジェット機をリチウムイオン電池で飛ばそうとすると、最大離陸重量の19倍の重さになる(本稿冒頭で、軍用機の例も挙げた)。
現在、世界で13億台のLDVsが走っており、2040年までには17〜19億台に増えると予想されている。英国には約3600万台のLDVsがあり、一方2021年末現在のBEVsは36万台(=1%)に過ぎない。つまり、今走っているLDVsを全部電動化するには、今の電動車を100倍増やさないといけない。LDVs以外の車も電動化しようとすれば、必要なバッテリー容量はさらに大きくなる。それは現状、環境的・資源的な負荷が大きすぎて、持続不可能である。
2021年末現在、世界では約1250万台の(広義の)BEVsがあるが、その70%はプラグイン・ハイブリッド車である(完全電動車は少ない)。その半数以上は中国にある。そして、問題は電気自動車に使われるバッテリー製造に関わる環境負荷についてであるが、それについては次回で詳しく紹介する。
(次回につづく)
【関連記事】
・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文①
・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文②