高齢化の進んだ日本では、故人の死後、残された配偶者が長期に渡りひとりで生活することも珍しくありません。ひとりとなった後の生活の場が住み慣れた自宅であることを望むのは自然なことでしょう。遺産のほとんどが自宅である場合、子は、将来自分が相続することを見越して配偶者へ譲ることも少なくありません。
しかし、ときには配偶者と子の間で、自宅を巡った争いが起きてしまうこともあります。
後妻のA美さんと前妻の子Cさんの間に起きた争い
A美さんは夫のBさんに先立たれ相談に来ました。Bさんには離婚歴があり、前妻との間に子のCさんがいました。
配偶者であるA美さんと前妻の子であるCさんで遺産を分け合う際、CさんはA美さんに遠慮することなく、自分の法定相続分を相続することを主張しました。Cさんは自分の実母である前妻が苦労したのは、A美さんと父であるBさんのせいだと恨んでいたのです。
自分の法定相続分は絶対にもらうと言って譲りません。相続人が妻と子の場合、法定相続分はそれぞれ1/2ずつです。遺産の大部分を自宅が占めているため、自宅以外の財産を全て渡してもCさんの相続分にはまったく届きません。
ではA美さんは、自宅を売却して分けるしかないのでしょうか。
再婚の増加に伴って増える自宅の相続問題
このような自宅を巡った争いが増えている背景には、再婚の増加があります。
内閣府男女共同参画局が発表した「結婚と家族をめぐる基礎データ(令和4年2月7日)」によると、1970年代以降、全婚姻件数に占める再婚件数の割合は上昇傾向にあり、近年は婚姻の約4件に1件が再婚となっています。
また、近年は減少傾向にあるものの、未成年の子どもがいる離婚件数は、2020年は約11万1千件で、全体の約6割となっています。このような状況下で、相続の現場も上述のように複雑なものとなってきているのです。
妻は夫亡き後、住み慣れた自宅に住み続けることを望むのが自然でしょう。しかし、遺産の大半を自宅が占めている場合、妻が自宅を相続すると子どもの相続分が不足してしまいます。
妻の実子であれば、いずれ自分に財産が受け継がれることを想定し、相続権の主張を控える場合もあります。しかし、前妻の子どもは後妻と血縁がないので、養子縁組をしない限り前妻から財産を相続することは出来ません。
つまり、Cさんとしても今回の相続で財産を受け継がないわけにはいかないのです。
自宅を売ってお金にして分けることができないのであれば、持ち分で相続するという方法がありますが、後妻の持ち分は、後妻の相続人ではない前妻との子どもに受け継がれることはありません。自宅は、配偶者に子どもがいれば子どもへ、子どもがいなければ配偶者の親、親もいなければ配偶者の兄弟姉妹へと受け継がれることになります。
配偶者の持ち分を前妻との子どもに受け継がせるには、後妻と前妻の子どもが養子縁組するか、後妻が前妻の子どもに遺言を書くというアクションが必要となります。果たして後妻の感情として、これが受け入れられるでしょうか。
そこで、活用したいのが2020年4月施行の民法改正にて創設された配偶者居住権です。
配偶者居住権とは
配偶者居住権とは、被相続人(亡くなった方)の所有していた建物に配偶者が住んでいた場合に設定できる権利です。
自宅の敷地と建物を居住権と所有権とに分け、配偶者は自宅に無償で住み続ける権利(居住権)を所有し、他の相続人(今回のケースでは前妻の子)が自宅の所有権を持ちます。配偶者居住権を持つ配偶者に対して、子どもは賃料を請求することはできませんので、配偶者は安心して居住することができます。
配偶者居住権は原則として、配偶者が存命の間は続くとされていて、配偶者が亡くなったときに消滅します。所有権はそのまま残りますので、配偶者が亡くなった後、自宅は所有権を持つ子どもに渡ることになります。
この制度を活用すればA美さんのようなケースでも、後妻が自宅に住み続けながら、前妻の子が確実に所有権を持つことができます。後妻が前妻の子と養子縁組をしたり、遺言書を書く必要もなくなります。
また、配偶者居住権の評価は自宅の所有権の評価よりも低くなります。よって、配偶者は預貯金など他の財産も相続することができ、老後の生活を安定させることができるのです。
配偶者居住権は遺言書、遺産分割協議、家庭裁判所の審判で設定することができます。相続人が最低限相続できるとされている遺留分を侵害していない遺言書であれば、遺言書通りに相続は執行されますので、遺言書において配偶者居住権を設定しておきたいところです。
登記しないと最悪の場合、立ち退きを要求されることも
配偶者居住権を活用するとき、一つ注意すべきポイントがあります。
子どもは所有権を受け継いでも自宅に住むことはできないので、売却して換金したいと考えることもあるかもしれません。自宅(配偶者居住権付建物)の購入を希望する第三者が見つかる可能性は低いものの、子どもが自宅の売却に成功した場合、自宅を購入した第三者から、配偶者は自宅の明渡しを求められる可能性があるのです。
この場合、配偶者居住権を登記しておくことで、配偶者は自宅に住み続ける正当な権利があることを、購入した第三者に主張することができます。登記されていない場合、配偶者は購入した第三者に抵抗することができず、最悪の場合、立ち退きを要求されることもあります。配偶者居住権の登記は任意ですが、念のため登記をした方がよいでしょう。
A美さんとCさんの件では、自宅に配偶者居住権を設定し、前妻の子であるCさんは自宅の所有権を相続することで自分の権利分以上の財産を相続することになりました。A美さんとしても、住み慣れた自宅に住み続けることができ、養子縁組や遺言書を書く必要もなくなり、ホッとした様子でした。
今後、今回のように配偶者居住権を設定するケースは増えていくでしょう。
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古尾谷 裕昭 税理士 ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士
1975年生まれ、東京都浅草出身。2017年にベンチャーサポート相続税理士法人設立。相続専門の司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社・保険販売代理店・金融商品仲介業者からなるベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を代表税理士として率いている。10万人のチャンネル登録者数のYouTube『相続専門税理士チャンネル』を運営。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年1月10日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。