会長・政治評論家 屋山 太郎
日米両国が新しい経済秩序作りに懸命になっている。その決め手はびっくりするような円安ではないか。円安は115円台から始まってなんと150円まで3割も下落した。政府・日銀が介入の手を打ったが135円台にとどまっている。通常動き出した相場に当局が介入するのは邪道のはずだが、米当局も日本財政当局の介入を静観した。だが日米両国は円安状況を維持したいのではないか。
日本の景気がいつから崩れ出したのか振り返ってもらいたい。1980年代、日本の半導体は世界最高と言われ、半導体製造の約5割を日本が占めた。この状況が続けば日本の成長は多分世界一だったが、この状況に米国は強く文句を言ってきた。製造の何割かを中華圏に譲れと強引に迫って日本に許容させた。
その後、オバマ政権時代の米政府当局は、中国と融和するために民事を奨励し、軍事力を強化する必要はないとの発想を押し付けた。日本の半導体のシェアは10%台にも落ち込んだ。そのまま行けば、軍民の精密機器に不可欠の半導体は中国が支配することになりそうだった。ところが「経済的に豊かになれば中国の政治体制も柔らかくなるよ」といった米国の思惑は完全に裏切られたのである。
当時、中国のファーウエイ(華為技術)やZTE(中興通訊)は米国の通信機市場を席巻したが、中国の軍事大国化を目前にして、米国は国家安全上の理由を並べて締め出した。半導体を巡っても、日本(熊本)や米本土に国の援助付きで新工場を作ろうとしている。
円安が続けば海外に逃げて行った製造業が日本に帰国する絶好のチャンスである。世界では新しい産業分野の再整理が行われ、石油、ガスなどが新しい定着先を探している。製造業も国際サプライチェーン再編のさなかだ。
デカップリングというような荒っぽい状況の中で、息を潜めて周囲を静観しているのは日系企業だが、実は円安によって利益が落ちてきたから帰国しようと踏み切る会社が続出している。
元内閣官房参与の加藤康子氏によると、安川電機が国内生産比率を50%以上に引き上げる他、キヤノンが栃木県に半導体製造装置の工場を作った。アイリスオーヤマ、ワールド、ダイキン工業といった企業も国内生産に軸足をシフトしつつあるという。日本商工会議所会頭に就任した三菱商事相談役の小林健氏は毎日新聞に対し「企業の製造拠点を日本に呼び戻す」と決意を述べている。
昨年10月、米バイデン政権は「前例がない」民生半導体の対中国輸出規制に乗り出した。中国の「軍民融合戦略」に対抗し、最新兵器に欠かせないAI(人工知能)やスーパーコンピューターに使われる先端半導体の開発能力を削ぐことが狙いだ。日本では昨夏、政府肝入りの半導体製造の新会社ラピダスが誕生した。
中国が半導体をこれまで通りに扱えるとしたら、軍事技術までも世界一になる。こういう事態は二度と起こさないというのが日米の強い意志だ。
(令和5年1月11日付静岡新聞『論壇』より転載)
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屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、解説委員兼編集委員などを歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。著書に『安倍外交で日本は強くなる』など多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。