顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカの連邦議会が1月から新会期を迎えた。上下両院とも3日から第118議会の幕を開けたが、下院では多数を制した共和党が内部の足並みの乱れで新議長の選出に5日間もの時間を費やした。他方、民主党が優位を保った上院ではその民主党議員の1人が新議会のスタートを目前にして、離党し、無所属を宣言した。民主党内でも足並みの乱れが露呈したわけだ。
さてアメリカ議会の上下両院での民主、共和両党の内部混乱はなにを意味するのか。民主党のバイデン政権にはどんな影響を及ぼすのか。
2022年11月のアメリカ中間選挙で最大の変化は下院での与野党の優劣の逆転だった。それまで下院で多数派の立場を保ってきた与党の民主党が全議席435のうちの半数218を保てず、213議席へと転落した。逆に共和党は222議席を確保した。その差はわずかともいえるが、アメリカ議会の特徴として多数派の政党が僅差の優位でも議事運営をほぼ独占できる点が大きい。多数党は下院の議長だけでなく20ほどの各種委員会の委員長ポストをすべて握り、議事の選択や法案の提出順位に主導権を発揮できるのだ。
だから民主党のジョセフ・バイデン大統領にとっても今後の議会運営はこれまでよりも難しくなる。これまでは上下両院とも与党の民主党が多数の議席を保ってきたから、政権への協力は基本的に円滑だったわけだ。ところが今後は少なくとも下院は多数を得た共和党がバイデン政権の提案にはほぼすべて反対するという展望が確実となったのだ。
だがそんな勢いを得たはずの下院共和党にとって意外なつまずきが起きた。1月3日から始まった下院の新会期ではさっそくの議長選出で共和党の候補ケビン・マッカーシー議員が名乗りをあげたが、共和党議員の一部が自分たちが独自に立てた共和党の他の候補に票を投じるという意外な展開となったのである。
マッカーシー議員はそれまで下院での共和党院内総務というリーダーのポストにあり、自然の流れとして議長候補となったが、同じ身内の共和党内で造反が起きたのだ。
造反したのは共和党内でも超保守とされる「フリーダム・コーカス(自由議員会派)」のグループの議員30人ほどだった。これら議員は同コーカスの一議員を議長候補として立て、彼に票を投じた。その結果、本命のマッカーシー議員は当選に必要な下院全体投票数の過半数を獲得できず、再選挙となった。
民主党は自党の院内総務ハキーム・ジェフリーズ議員を議長候補に立てたが、これまた投票数が半数には達せず、落選となった。
下院の規則では議長はその得票が全体投票の過半数を得る候補が出るまで繰り返し実施される。このため1月4日から6日深夜まで合計13回の再投票が続いた。だが共和党側ではなおマッカーシー議員への反対票が出て、決着が着かなかった。しかし7日の未明、当初から数えて第15回目の投票でやっと造反者の数が減り、マッカーシー議員の議長当選が決まった。
この間、共和党の造反議員たちも誰1人として民主党候補には票を投じなかった。この点は今回の共和党内の造反騒ぎを読む際に、重要なポイントである。222人の共和党議員たちは同じ党内の指導者へのノーを一時的に突きつけても、民主党側になびくという人は皆無だったのだ。
ではなぜ造反だったのか。
主流派のマッカーシー議員に当初、難色を示したフリーダム・コーカスは共和党内でも最も保守色が濃く、最もドナルド・トランプ前大統領に近い議員たちの集団である。だからこの集団の反バイデン政権、反民主党という政治姿勢は最も強固だといえる。この集団がマッカーシー議員はまだ十分に保守ではない、十分に反バイデン政権ではない、という不満をぶつけたことが今回の造反の最大要因だったのだ。
ところがそのマッカーシー議員も実はトランプ前大統領には近い。トランプ政権の反リベラル政策、反民主党政策にはすべて同調し、トランプ氏の「2020年の大統領選挙は不正だった」という主張にも同意してきたのだ。そんなマッカーシー議員でさえも同じ共和党内の他の集団からは「十分に保守的ではない」と非難されたのだ。そしてその集団もマッカーシー議員の議長就任には14回も反対しながら、民主党の議長候補にはただの1票も、1回も支援しなかったのだ。
しかもフリーダム・コーカスの議員たちはマッカーシー議員が議長になれば、保守色のより強い政策をとり、バイデン政権への攻撃を強めるという言質を取り付けたうえで、それまでの反対を引っ込めたのである。だからこの騒ぎは下院共和党内の保守志向や民主党糾弾の傾向を強め、トランプ前大統領への支持をも再確認した、という総括ができるのだ。
しかし日本の大手新聞などはこの議長選出の混乱に対して「共和党内の分裂」とか「共和党内の政策不一致」をより広げる、というような見方を述べている。ワシントンでの現実とは異なる認識だといえる。
ではアメリカ議会の上院の動向を眺めてみよう。
上院では2022年11月の中間選挙で民主党はかろうじて多数派を保った。だがその後、新会期の間際にアリゾナ州選出のカーステン・シネマ議員が民主党を離党するという造反が起きて同党首脳を動揺させた。
この結果、上院では民主党50、共和党49、無所属1という議席の構成となり、民主党はなお多数派の座にあるものの、シネマ議員はこれまでにも造反の実績があり、民主党にとって上院の運営も複雑な要素が増すこととなったのである。
シネマ議員の離党はいまのアメリカ立法府での民主、共和両党の政策の激突だけでなく両党内の揺れをも象徴したといえそうだ。
アメリカ南西部アリゾナ州で史上初の女性の上院議員となったシネマ氏は2012年から連邦議会下院に三選、18年に上院選で当選した。現在46歳だが、政治歴は長く、州議員としても活動した。連邦議会では一貫して民主党所属だった。
シネマ議員は連邦議会では初めてに近い同性愛宣言者でLBGT(性的少数派)の権利保護にも動いた。だが政府支出の規模や税制、企業対策などでは民主党リベラル派のバイデン政権の「大きな政府」策に反対する保守傾向を示すことが少なくなかった。
同議員は民主党内保守派のジョー・マンチン議員と連携し、上院での少数派の権利とされるフィリバスタ―(長演説での議事妨害)制の廃止を求める民主党の提案や増税案にはっきり反対してきた。バイデン政権の不法入国者対策やインフラ整備の法案にも難色を示した。その結果、民主党内のリベラル派からは厳しく糾弾されるようになった。
シネマ議員は離党を突然に発表した12月9日、その理由として以下の骨子を述べた。
民主、共和両党とも過激派が自分に反対する側を悪魔化してののしり、二大政党制は瓦解した。この状況では私はアリゾナ州の選挙民の期待に沿えない。無所属の独立議員として活動するほかない。
その背景にはとくに民主党側のリベラル左派活動家たちが首都ワシントンでもアリゾナ州でもシネマ議員への攻撃を激化させているという実態がある。
上院ではこの結果、中間選挙で得た51議席の1議席を減らしたことになるが、半数の50議席でも票決では上院議長を務めるカマラ・ハリス副大統領の1票を加えられるため、多数派の優位は保てることとなる。
上院の民主党院内総務チャック・シューマー議員も「シネマ議員は現行の民主党主導の委員会職務を続けると述べているため、大きな変化はない」と言明した。実際にシネマ議員もこれまで所属していた拘束力のない民主党議員会派から離脱する動きはとっていない。
だがこれまでシネマ議員は民主党所属でもバイデン政権が最も熱心に進めたインフレ削減法案の当初の巨額支出に正面から反対し、修正を余儀なくさせた抵抗の実績があり、新議会では無所属としてその種の動きをより果敢にすることも予想される。民主党側にとっては下院での共和党攻勢と合わせて上院での懸念の原因ともなりかねないわけだ。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年1月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。