金融市場はなぜうまく行かないのか?:超初歩からの経済学入門 その2

こんにちは。

今日は、約4ヵ月ぶりに超初歩からの経済学入門シリーズの第2弾をお届けします。

まだお屠蘇気分も醒めやらぬ1月10日、スイスの中央銀行であるスイス国立銀行が2022年の決算で1320億スイスフラン(約18兆8000億円)という巨額の赤字決算に陥りそうだというニュースが飛びこんできました。

この金額は、スイスフランと米ドルとのあいだの為替レートにもよりますが、2021年のモロッコの国内総生産とほぼ同額です。また、創設以来115年のスイス国立銀行の歴史でも最大の損失となるそうです。

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ちょっと変わった中央銀行を持つ国、スイス

ほとんどの国では、中央銀行といえば金融政策を担当するとともに、銀行、証券会社、保険会社などがあまり危険な方針を取らないように金融業界のお目付役として、監視する役割も担っています。

その中で、スイス国立銀行はちょっと変わった組織で、スイス連邦政府と各州政府を株主とする株式会社で、毎年資金運用で利益が上がれば、その利益のかなりの部分を連邦・州政府に配当として分配する義務を負っています

オフィスの看板というより、お役所の表札と言ったほうが似つかわしいたたずまいも、いかにもいかめしく質実剛健で手堅い経営方針のように見えます。

ですが、株主である連邦政府・州政府に配当を出す義務を負ったスイス国立銀行は、過去にもいろいろと資金運用で躓いてきた歴史を持っています。

1990年代から2000年代初頭の金価格がトロイオンス当り200~300ドルに低迷していた時期に大量の金現物を処分売りして、その後の価格高騰で得べかりし利益を大幅に縮小してしまったこともあります。

逆に2014年には、2011年の金価格暴騰の持続を期待して金の買い持ちポジションを引きずって、今回ほどではありませんが巨額損失を出しています。

スイス国立銀は、アメリカ株、しかもいわゆるFAAMNGを代表とする大手ハイテク株に集中した株式運用ポートフォリオを構築して、2021年までは順調すぎるほど大きな利益をあげてきました。

ですが、結局はこの極端に米国株人気銘柄の集中した運用が裏目に出て、ハイテク株総崩れの中で売り逃げることができなかったのが、巨額損失の主な原因です。

世界中どこでも、金融業界は知的能力の高い優秀な人材を確保して高給を出して、少しでも高いパフォーマンスを上げようと懸命です。スイス国立銀の場合には、それに加えて、自国の金融政策を担う責任ある立場の人たちが、運用に携わっていたわけです。

にもかかわらず、実績としては良いときもあれば悪いときもある、しかも悪いときの損失額のほうが良いときの利益額より大きく出がちになってしまうのは、いったいなぜでしょうか。

私は、金融商品の市場は、ふつうのモノやサービスを扱う市場ほどうまく機能しないのではないかと考えています。

なぜ需要=供給となる価格が最適解なのか

ここでこのシリーズの初回でご紹介した、なぜ自由競争の市場では同じ価格で需要量と供給量が一致するとき、社会全体にとってもっとも好ましい価格と生産量=消費量の組み合わせになるのかを、ちょっとおさらいしておきましょう。

需給が一致する価格は、この値段なら買えばお値段以上の満足を味わえると思う人はみんなが買えて、この値段なら売って利益が出ると考える供給者はみんなが売れる状態で、しかも実現可能な最大の生産量となっています。

たとえば、この均衡状態からほんの少し需要が上振れしてやや高い価格でやや多くの製品が売れたりすると、供給量は増え、需要量は減るので元の均衡点に戻ります。下振れしても同じように元の均衡点に戻ってきます。

だから、モノやサービスの市場は非常に安定していて、どんどん価格は上がるのになぜか需要もついて行ってしまい、舞い上がりすぎた結果ドスンと暴落するといった事態を招くことはめったにないのです。

じつは、この安定性を支えている右肩下がりの需要曲線には、あまり経済学の教科書には出てこないように思いますが、暗黙のうちに了解されている前提条件があります。

それはまったく同じ予算を持っている消費者たちのあいだでも、同じモノやサービスに対する評価は千差万別で、「いくら高くても買いたい」人から、「カネをもらっても欲しくない」人までとぎれることなく価格ごとの需要量が決まっていることです。

もちろん、現実の世界では消費者ごとに持っている予算も違うので、高くなれば需要は減り、安くなれば需要は増えるという相関関係は非常になめらかで不連続なところのほとんどないカーブで表すことができます。

結局、個々の消費者が市場に求めるのは同じ予算で最大限の満足を得ることだけれども、どういうモノやサービスをどれだけ買うかの組み合わせは、本人の趣味や嗜好によってまちまちだからこそ、みんなに満足のいく最適解に到達できるのです。

金融商品の需要曲線も同じように右肩下がりだろうか

金融商品の市場でも、買い手の需要曲線は同じような右肩下がりのカーブになるでしょうか。

私はそうなっていないと思います。なぜかというと、金融商品を買う人たちが求めているのは、少しでも大きな資産を蓄積することであって、ようするに投下資金からのリターンを最大化することに尽きるからです。

だからこそ、ふつうのモノやサービスの市場では、売り手にとっても買い手にとっても納得のいく取引が日常的にくり返されているのに、金融市場の取引では買い手が儲けたら売り手は損をしているし、売り手が儲けたら買い手は損をしているということになるのです。

金融市場の買い手は金融商品そのものが欲しくて買うわけではなくて、その金融商品がもたらしてくれる金利収入、配当収入、値上がり益の合計を最大化したくて買っているわけです。

商品そのものが欲しいわけではなく、その商品が将来もたらす価値の増加分が欲しい買い手は、市場でどう振る舞うでしょうか?

当たり前のことですが、今後自分の買おうとしている金融商品がどの程度の金利・配当・値上がり益をもたらしてくれるかの予測なしには買うことができません

それでは、その予測はどう形成されるのでしょうか?

これは金融市場関係者は昔からの経験で知っていることですし、最近では行動経済学の分野で実証されていますが、たいていの人は自分が実際に見ているとおりの動きが少なくとも近い将来には続くと予測するようです。

つまり、直近で上がっていた株や債券は上がり続けると思うから買い、直近で下がっていた株や債券は下がりつづけると思うから売るわけです。

この行動パターンが金融市場の主流をなしていることは、値上がりした金融商品を買うことを「順張り」、値下がりした金融商品を買うことを「逆張り」ということからも、わかります。

もちろん、値上がりしたモノをますます多く買い、値下がりしたモノを少なく買う、あるいは売り払ってしまうのは、ふつうのモノやサービスの市場ではめったに見られない行動パターンです。

そして、この行動パターンだと需要曲線は右肩下がりではなく、右肩上がりになるのではないでしょうか。

そこで、実際に供給曲線だけではなく、需要曲線も右肩上がりだったとしたら、均衡点のすぐそばで起きた価格と需給量の小さな変化がどういう動きを惹き起こすかを見てみましょう

右肩上がりの需要曲線:価格弾力性が低い場合

それではまず、需要曲線は右肩上がりだけれども、その傾きはかなり垂直に近くあまり値段にかかわらず一定量を購入する傾向がある場合から見ていきましょう。

価格に鋭く反応せず、いつもだいたい同じような量を求める傾向のある需要曲線のことを「価格弾力性が低い需要曲線」と呼びます。

次のグラフでご覧のとおり、供給曲線より傾きが垂直に近くなっています。

この価格弾力性の低い需要曲線の場合には、元の均衡点から外れても、どんどん乖離がひどくなることはありません。右から下がりの需要曲線に比べればちょっと回り道をしますが、元の均衡点に戻っていきます

均衡価格より高くなれば、需要量より大きく供給量が増えてしまい、大幅に増加した供給量の圧力で価格は下がり、需給量は小さくなります

均衡価格より安くなれば、需要量より供給量のほうが大幅に削減され、その結果満たされない需要が価格を押し上げ、供給量を増やすのです。

結論として、需要曲線が右肩上がりでも、需要の価格弾力性が低ければ右肩下がりの需要曲線同様の安定した均衡を維持することができるわけです。

ただ、金融商品の性質を考えた場合、需要の価格弾力性が供給の価格弾力性より低いという想定は、不自然ではないでしょうか。

たとえば食品であればあまり食べ過ぎても困るし、保存もむずかしいので、値段の高低にかかわらずほぼ一定量を買う消費者が多いでしょう。

でも、金融商品は最終消費を目標とするものではありませんから、消費できるのかという懸念無しに、価格が上がれば「もっと上がって儲かりそうだ」と買いが膨らみ、逆に下がれば「ますます下がるかもしれない」と思って大量の売りが出る傾向があります。

つまり、金融商品の需要曲線はたんに右肩下がりなだけではなく、価格弾力性の高い右肩下がりになっているはずです。

右肩下がりの需要曲線:価格弾力性の高い場合

価格の変化に応じて需要量が大きく変化する価格弾力性の高い需要曲線は、先ほどのグラフとは違って、需要曲線が水平に近くなります

価格弾力性の高い右肩上がりの需要曲線では、いったん均衡点から上にぶれた需給はどんどん過剰需要が発生して、ますます価格は高く、需給量は拡大していきます。

ブームとかバブルとか呼ばれる、さまざまな金融商品がまっとうな評価基準を超えて高くなってしまうケースです。いずれは「いくらなんでもこんなに高いものは買えない」と市場全体が気づいて暴落することになるでしょう。

逆に、いったん均衡点から下にぶれた需給は、どんどん過剰供給が発生して、ますます価格は安く、需給量は縮小していきます。

具体的にこういう状態になるのは、ブームやバブルが崩壊してとめどなく価格が下げるようになることがきっかけという場合が多いです。

でも、価格弾力性の高い右肩上がりの需要曲線は本質的に不安定なので、直前にブームやバブルが崩壊したわけでもないのに、ごく短期的な需要の収縮が延々と続く縮小均衡への道につながってしまうこともあります。

多くの人が「直前の動きはそのまま続く」という予測にもとづいて行動しているかぎり、世界中の金融市場が多かれ少なかれ、内部に大きな不安定要因を抱えて動き続けるのは仕方のないことなのではないでしょうか。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年1月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。