ドイツ・ショルツ連立政権「戦車供与問題」で不協和音

ショルツ独政権は社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)から成るドイツ初の3党連立政権だ。政治信条、世界観が異なる3党連立政権について、政権発足当初から懸念はあった。SPDは中道左派政党、緑の党は環境保護を核に、安保問題では戦争反対の平和主義を党是としてきた。一方、FDPはリベラルな経済政策を中心に、安保問題では野党に下野した「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に近い。その3党が2021年12月8日、「連立政権」を発足させた背後には、「ポスト・メルケル時代、ドイツの政界は刷新し、新しい時代の課題を乗り越えていかなければならない」といった使命感が強かったからだ。

ドイツのピストリウス新国防相(独国防省公式サイトから)

連立協定(178頁)のタイトル「自由、正義、持続可能性の為の同盟」をみても、3党の連立政権発足への意気込みを感じる。違いを超え、ドイツの刷新に取り組む、というものだ。特に、連立協定の中で「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目では、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調し、「私たちの国際政策は価値に基づいており、ヨーロッパに組み込まれ、志を同じくするパートナーと緊密に連携し、国際的なルール違反者に対して明確な態度を示す」と記述している。

特筆すべき点は、外相ポストを得た緑の党のアンナレーナ・ベアボック外相はウクライナ戦争ではいち早く厳しい対ロシア政策を提示、ウクライナへの武器供給でも従来の平和主義から脱皮し積極的に推し進めてきた。ウクライナ戦争で最も厳しいチェンジを要求されたのはシュルツ首相のSPDだ。ショルツ首相は「Zeitenwende」(時代の変わり目)という言葉を頻繁に使い、ウクライナへの軍事支援問題では党内の反対を抑えて同盟国と歩調を合わせてきた経緯がある。

ウクライナ戦争が勃発して2月24日で1年目を迎える。軍事大国ロシアとの戦いでウクライナ軍は善戦し、ロシア軍に占領された領土を奪い返すなど攻勢に出てきた。その背後に、欧米諸国からの全面的援助、重火器を含む武器の支援があったからだ。

戦いはいよいよ正念場を迎えてきた。ロシア軍は軍の大幅な刷新と拡大に乗り出してきている。一方、ウクライナ側はロシア軍の反撃を予想し、ゼレンスキー大統領は欧米諸国に重火器、特に攻撃用戦車の供与を要求してきた。

独南西部のラムシュタインの米空軍基地で20日、「ウクライナ防衛コンタクト・グループ会議」が開催された。その会議ではドイツの攻撃用戦車レオパルト2をウクライナに供給するか否かが焦点となったが、ドイツのボリス・ピストリウス新国防相は、「ドイツの在庫とパートナー国のシステムとの互換性を確認する必要がある」と説明して、決定を見送った。ポーランドとフィンランドは自国が保有するレオパルト2をウクライナに供与したいが、ドイツは承認に慎重な姿勢を崩していない。

ところで、ピストリウス国防相はラムシュタインの米軍基地で、キーウに届けられる可能性のあるレオパルト戦車とその数のリストを作成するよう指示したと発表したが、独週刊誌シュピーゲルによると、国防省は軍が使用できるレオパルト2の在庫リストを昨年初夏に作成済みだというのだ。同誌によると、ドイツ連邦軍には合計312両の異なるシリーズのレオパルト2戦車があり、そのうち99両は昨年5月に軍需産業で修理中であり、1両は廃棄されたという。供与できるレオパルト2の在庫数は212両だ。シュピーゲル誌によると、在庫リストには、どのモデルがウクライナ供与に適しているかも示されているという。

ドイツがレオパルト2の供与の決定を先延ばししたことが伝わると、独連邦議会防衛委員会のマリー=アグネス・シュトラック=ツィマーマン委員長(FDP)は、「歴史は私たちを見ています。残念ながら、ドイツは失敗した」と批判、「ポーランドやフィンランドのように自国のレオパルト2をウクライナに供与する問題で、ドイツはゴーサインを送るべきだった」と主張。それに対し、SPDの連邦議会院内総務ロルフ・ミュッツェニヒ氏は、「欧州は現在、戦時下にある。戦時中の政治は怒りや喘ぎのスタイルではなく、明晰さと理性をもって行うべきだ」と反論するといった具合だ。忘れないでほしい。これは与野党間の論争ではなく、ショルツ連立政権内の論争だ。与党内の潜在的な対立が浮かび上がったといえる。SPDがレオポルト2のウクライナ供与に反対し続けるならば、緑の党からもSPD批判の声が出てくるだろう。

なお、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は20日夜のビデオメッセージで、「私たちは近代的な戦車を得るために戦わなければならない。他の選択肢がないのだ」と強調している。ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相によると、ウクライナ軍はポーランドでレオパルト2主力戦車の訓練を行う予定だという。

クレムリンのスポークスマン、ドミトリー・ペスコフ氏が強調していたように、ロシアとウクライナ間の戦争の行方はレオパルト2の供与で大きく左右されるわけではない。レオパルト2の供与問題は欧州の盟主ドイツのウクライナ支援の本気度を占うシンボルとなってきているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。