ウクライナ戦争のレッドラインは?:支援の行き着く先は地上軍の派遣

ドイツ政府がウクライナへ軍事支援として5000個の軍用ヘルメットを支援すると発表した時を思い出してほしい。欧米のメディアの中にはドイツ政府を冷笑する論調もあった。ドイツはこれまで紛争地へ軍事支援をしないことを原則としてきたから、ショルツ政権にとって最大限の軍事支援だったが、武器を支援する他の欧米諸国と比べれば、「なんと腰の引けた支援だろう」といった印象を与えたとしても致し方なかった。

ドイツ空軍のユーロファイター、EF-2000(ウィキペディアから)

ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻すると、「欧州の地で戦後初めて戦争が起きた」ということで欧米諸国は大きな衝撃を受けた。それゆえにと言おうか、欧米諸国は戦争勃発当初からウクライナ支援で結束を見せた。政治信条が異なる3党から成るドイツのショルツ政権も例外ではなかった。平和主義を党是とする「緑の党」のベアボック外相はウクライナ支援では欧米諸国の中で最も積極的な政治家となった。ただ、ドイツは戦後から紛争地には武器を輸出しない、軍事支援しないことを鉄則としてきた。これがドイツのレッドラインだった。

ショルツ政権はウクライナへの武器供給問題では3原則を標榜してきた。具体的には、①可能な限りウクライナを支援する、②北大西洋条約機構(NATO)とドイツが戦争当事国となることを回避する、③ドイツ単独で決定しない、の3原則だ。

ただ、ウクライナの戦いが激しくなるにつれて、ウクライナからは武器支援要求の声が高まった。ドイツはヘルメット、防弾チョッキや医療器材支援から、軽火器、そして次第に重火器へと支援内容が変わっていった。重火器も当初は防御用に限定された。そしてキーウから世界最強の攻撃用戦車「レオパルト2」の供与を求める声が出てきたのだ。ショルツ首相はその対応に悩んだが、長く苦悩している時間はなかった。米バイデン大統領との会談で米国とドイツ両国はドイツの主力戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」をウクライナに同時に供給することで合意した。ドイツは対ウクライナ軍事支援では、そのレッドラインを何度か修正し、慎重に対応してきたわけだ。

問題は、「レオパルト2」のウクライナ供与で戦争の決着がつけばいいが、ロシア軍が今春には大攻勢をかけてくると予想し、ウクライナ側は欧米に更なる軍事支援を要求してきた。ゼレンスキー大統領は、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長との会談では「長距離ミサイルと戦闘機の供与」を求めたのだ。

ちなみに、ウクライナのアンドリーイ・メルニック外務次官(前駐独大使)はツイッターで、「F16、F35、ユーロファイター、ドイツ・イギリス・イタリアのトルネード、フランスのラファレス、スウェ―デンのグリペンなどの戦闘機が勝利のためには不可欠だ」と、具体的に機種を挙げて要求している。

ウクライナが戦闘機を要求してきたと伝わると、ショルツ政権はいち早く、「それはできない」と拒否している。戦車支援では積極的だった「緑の党」や自由民主党(FDP)も戦闘機の支援要求には消極的な反応が多い。ピストリウス独国防相は27日、南ドイツ新聞で「戦闘機の引き渡しは問題外だ。戦闘機は主力戦車よりもはるかに複雑なシステムであり、航続距離と火力がまったく異なる」と述べている。「ウクライナの飛行禁止区域」というレッドラインの死守だ。

一方、米国では長距離ミサイル、戦闘機の支援問題はもはやタブーではない、といった反応が見られる。バイデン大統領の国家安全保障副補佐官のジョン・ファイナー氏は26日、米TVチャンネルMSNBCとのインタビューの中でウクライナへの戦闘機供与について、「慎重に議論する。特定の兵器システムを除外しない」と述べている。英国やフランスも、「戦闘機の配備が欧州の安全保障を危険にさらさず、ロシアの侵略戦争をエスカレートさせないならば」といった条件付きで検討に入っている。

ウクライナ戦争は来月24日で1年目を迎える。ウクライナを軍事支援してきた欧米諸国は最初は防衛用重火器を支援し、それから攻撃用武器の供与へと移ってきた。そして今、長距離ミサイル、戦闘機の支援がテーマに浮上してきているわけだ。軍事支援がこのまま続くと、行き着く先は地上軍の派遣となる。戦闘のエスカレートをストップさせなければ、ウクライナ戦争はロシアとNATO間の第3次世界大戦となる危険性が現実味を帯びてくる。「ウクライナ戦争で欧米諸国はどこにレッドラインを置くか」――深刻な問題となってきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。