”メティエ・ダール”。フランス語でMetiers d’Art”と綴り、直訳すると”芸術の職業”。「シャネル」や「カルティエ」といったフランスを代表するアーティスティックなジュエリーやクチュールメゾンに関わる職人の手仕事や、ラグジュアリーホテルの内装を手掛けるアトリエの仕事、具体的には刺繍や宝石のセッティング、寄せ木細工、オブジェなど、高いアート性を備えた職人技術の粋を指す。
そんな職人が生み出すアーティスティックな作品にフォーカスした展覧会”オブジェ•サンシュエル(官能的なオブジェ)”が1月下旬、”パリ・ファッション・ウィーク”オート・クチュール期間に合わせて開催された。場所は、パリを代表するラグジュアリーホテル「ル・ムーリス」。サルヴァドール・ダリに愛されるなど、アーティスティックな雰囲気が漂うホテルは、この展覧会にふさわしい空間だ。
企画者は、「メティエ・ラール(希少な職業)」という、メティエ・ダールに関わる職人の手仕事を啓蒙PRする会社の代表、ラファエル・ル=ボー。大手メゾンやホテルの名前の裏に隠れてフォーカスされることが少ない、卓越した技術と感性を持つ職人作品の素晴らしさを、アーティスティックに紹介したい、と、企画を立ち上げた。
ニューヨークとパリを拠点に活躍する若き空間演出家ピエール=イヴ・ゲネックが作り上げた幻想的な空間は、五感をテーマに5つのギャラリーからなる。
”嗅覚の部屋”は、「カルティエ」調香師による職人アトリエをイメージした香りのサンプル展示&「シャネル」傘下ステュディオMTX制作のシャープで構築的なオブジェが蝋燭のゆらめきを受けて引き立つ。
”触覚の部屋”には、アトリエ・ジョルジュ製の吹きガラス柑橘絞り器やフランス親衛隊で使われている革製馬具を展示。実際に触れ、そのなめらかさやしなやかさを感じられる。
”味覚の部屋”には、ロベール・メルシエによるアイスクリームをポップにデザインしたコスチュームや、「ル・ムーリス」のシェフ・パティシエを務めるセドリック・グロレ作ルービックキューブ型スイーツを展示。
”官能”を通奏低音に、全ての作品をそれぞれの”感覚”と巧みに響き合わせており、部屋を移るごとに、各感覚が研ぎ澄まされ、展示されている職人のアート作品に対する感受性がどんどん強くなる。
照明はもちろん、スモークや鏡の写り込みなど、光と影を強く意識した演出が素晴らしく、空間演出を担当したゲネック氏に話を聞くと、谷崎潤一郎「陰翳礼讃」のファンとのこと。すとんと腑に落ちる。
影があるからこそ映える、職人技術をベースにしたアート。職人芸の魅力を深く評価できる日本でも、強く共感を得る展覧会。いつか是非、寺や神社、旅館など歴史ある建造物で、”オブジェ・サンシュエル”展を開催して欲しい。