経営者が経営改善に考えることは似ています。「コストを下げる」です。二十数年前に日本企業が次々と中国に進出した理由は何でしょうか?そこに需要を求めたわけではなく、多くの企業は中国の人件費が安いから進出しました。大手アパレルの動きは典型で、その中国の人件費が上がってきたら人件費の安いアジア諸国を転々としていきます。現在はバングラディッシュが人口も多く、工業化がまだ十分に進んでいないこともあり、アパレルの生産拠点の一つとして好まれます。しかし、彼らは決してバングラディッシュで日本のアパレル商品を売ることは考えていません。
アメリカのIT企業がインドに大挙して進出したのも同様です。アメリカの人件費よりインドがはるかに安いし、彼らは働き者で数字に強いからです。アメリカの映画産業のメッカの一つがここバンクーバーである理由はアメリカより人件費を含めたコストが低く、地理的にも近く、街並み的に北米のセットが再現しやすいからです。
企業活動が人件費を落とす努力は海外移転に留まりません。ロボットを導入し、自動化が急速に進みます。面倒な労働法による縛りや組合対策をするよりもロボットに24時間稼働させた方が誰からも文句を言われないので楽です。
その人件費は先進国のみならず、多くの国で上昇しています。どんな目利きがいてもそう簡単に人件費や製造コストを下げる手段や場所はもう、見つかりません。それに輪をかけたように政治的イシューで投資先として進出できる国家や場所が限定されたりします。仮にいくら中国が投資先として優れていたとしても投資不可の場合も当然にして生じてきています。
私は今のインフレがどこまで下がるのか着目しています。パウエル議長が思うような2%のインフレ率の時代に戻ることは難しいのではないか、という気がしているのです。そして世論は少しずつですが、2%は現実的ではなく、3%か4%ぐらいでもやむを得ないのではないか、と考え始めているようにも思えるのです。
その背景は日米欧などで行った大規模金融緩和の爪痕ではないかと考えています。非常に単純に説明します。大規模金融緩和で多くの企業や個人はマネーや資産を手にすることが出来、一定の財を成しました。ステージアップというものです。日本の方からは「そんな恩恵はない」と怒られそうですが、一般論としては確実に上がっています。
私はこれはギミック(手品)だと考えています。例えば時給800円だった人が1000円になったとします。この200円の差はその労働者の能力が上がった部分もありますが、実質的には基準値が上がった部分が大きいのです。最低時給がどんどん上がるのはベースアップですよね。そう、大規模金融緩和がもたらしたのは「壮大なる底上げ」であって生産性や成長性を刺激するわけではないのです。
間接的には企業が資金を借りやすくなりますが、良いものが出来て価格が下がるという時代ではありません。むしろ、お金があるのでインフレが生じるのです。これは経済の価値は貨幣量で決まるからです。今まで100円だったものが大規模金融緩和で貨幣量が2倍になれば他の与件が変わらない限り、単純には200円になるのです。
もう一つは今のように金利を引き上げたところで企業や個人の財が突然消えてなくなるわけではないということです。マネーの動きを鈍化させるだけのフロー(資金流動性)のコントロールでしかないのです。つまり、アセット(資産)の部分は大きいままなのです。
するとマネーは常に安全成長できるストック(貯留)できるところを探し求め、また景気が良くなればフローの時代が訪れ、様々な買収劇や直接投資が急増することを繰り返します。とすれば、一度でも大規模金融緩和をすれば底上げ効果でインフレになりやすい体質が生じ、それを元に戻すことはじゃぶじゃぶのマネーの元栓を抜いてどこかに流して消してしまう以外にほぼ不可能なのです。
日本の場合はこれだけ大規模緩和したのに日銀の趣旨に反してマネーのフローは活発化しませんでした。どこに行ったか、といえば企業が貯め込んだのです。それまで銀行から借りていたお金は銀行不信もあってしっかり内部留保させ、投資もなるべく自分の手持ちの範囲で行います。また、北米と違い、給与増額には躊躇をしました。理由は日本の労働者は優秀で我慢強く、仮に辞められても似たようなレベルの労働者が見つかりやすいからです。北米は次がいないので給与で釣り上げるしかないのです。
インフレで金利が上がれば困る業種もあるだろう、という反論はあるでしょう。その典型が不動産事業です。バンクーバーやトロントの街中の建設中の不動産物件は本当に売れているのかと言えば売れ残っているかもしれません。ですが、デベロッパーは困らないのです。理由は売れるまで賃貸で貸せばよいからです。100㎡で月40-50万円の賃料なら瞬間蒸発するので金利が高い間、賃貸で廻し、再び不動産市況が回復して分譲すればいくらでも稼げるのです。これができるのはデベロッパーの懐も分厚いからだとも言えます。
この論理は一種の雪だるま論理で理にかなっていないところもあり、いつかは崩壊するのかもしれません。が、トリクルダウンではないですが、人の富が全ての人に行きつくには相当の時間がかかります。その間、太る人は太り、やせ細っていた人が少しふっくらするというのが私の見るインフレ恒常化の行く末であります。つまり富の分配は公平な比率で分配すればするほど格差は広がるのです。
例えば給与30万円の人が5%ベースアップすれば1万5千円。給与300万円の人は同じ5%でも15万円なのです。公平に分配していますが、格差は開く一方なのです。自明です。
日本は企業がケチすぎます。投資先を見つけられないだらしない会社はそもそも存在価値がない訳で従業員や株主に内部留保をばら撒くべきでしょう。アメリカの物言う株主のスタンスはそういう観点でもあるのです。底上げを30年間も怠ってきたから経済的にどんどん追い抜かれていくわけですね。やや高めのインフレが恒常化すればするほど、格差もより広がりやすいですが、労働市場を刺激するというプラスの面もあるはずです。なんでも悪いわけじゃないと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年2月1日の記事より転載させていただきました。