米国による中国の偵察気球撃墜

野口 修司

サウスカロライナ州の沖合で撃墜された中国の偵察気球
NHKより

海上に出るまで待った。

米国が中国の偵察気球を撃墜。いま残骸を分析しつつある。

【詳細】アメリカ本土飛行の中国の気球を撃墜 残骸回収し解明へ | NHK
【NHK】アメリカ軍はアメリカ本土やカナダの上空を横断していた中国の気球を、南部サウスカロライナ州の沖合で戦闘機によって撃墜しまし…

安全保障に疎い一部の日本人は「撃墜などすべきではない」「緊張を高めるのは止めろ」と、言うかもしれない。

筆者は国防総省はもちろん、拙宅から30分の諜報機関「森の向こう」で活躍した友人にも聞いた。1週間以上に渡り、撃墜の代わりに「捕獲」を検討したが、現在の技術では、無人機などを使ってもできない。海上で待ち構える形で破片を集めて分析する。それがベストだと判断した。

撃墜するまでに米国がやったことはさすがだ。高度約20キロという高高度をゆっくり飛行する気球を追尾、偵察により米から得たデータを中国側に送信するか、するならどのようにやるかなどをモニタリングしつつ、サウスカロライナ沿岸部で、最新鋭ステルス機の1つ、F22が迎撃。破片回収を視野に入れて、米国領海内、それも深度数10メートル以内に落下するように作戦行動を起こして、成功した。

中国の傍若無人のやり方に怒ったバイデンは、2月1日に報告を受けた早い段階で「撃墜せよ」と言っていた。米軍が撃墜による破片で地上に被害が出ないように、海に出るまで待つとした。

他方で相変わらずの日本。2020年6月、3年ほど前だが、似たような気球が宮城県など東北に登場した。写真を分析すると、今回米軍が撃墜したものと酷似している。大きさ、形状、動力を得るための太陽光パネル・小型モーター・プロペラ、そして観測機器と思われる懸架物もそっくりだ。

日本は、今回米軍がやった撃墜はやらないし、できない。米国のような調査能力もない。多分、中国から飛来したものと思いつつ、断言もできない。証拠もないので、当然、抗議もできない。結局、指を咥えながら、見ていただけ。

当時の防衛大臣の河野太郎は、心配している国民の気持ちを代弁。「戻ってくるのでしょうか?」などという記者の質問に「気球に聞いて下さい」と答えた。冗談かと思ったら本気。さらに「安全保障に影響はない」と明言。耳と目を疑った。日本政府は領空を侵犯され、各種データを収集されたのに、まるで他人事。筆者が信じれなかったのは、日本政府だけでなく、国民はもちろん、メデイアも大して騒がなかったことだ。「極楽トンボ」ぶりを示す一例だ。9条と平和主義とやらで大丈夫という思い込みと決めつけ。手遅れになるかもしれない。

内政干渉なので、踏み込んだ批判や記者発表などやらなかった米国は本当に呆れた。相変わらず、世界の安全保障の冷徹な事実を知らない日本とその国民だ。同盟国として有事の時、一緒に戦う気も失せる。

中国からと思われる気球が飛んだ地域には「三沢基地」がある。さらに中国と北朝鮮などからのミサイルと受けて立つはずの「イージス・アショア」建設予定地の秋田も近い。

「イージス・アショア」は、筆者が20年くらい前に日本に紹介した。ペンシルバニア州の米海軍基地を訪問。まずあり得ない施設内部の映像を撮り、日本で放送した。当時、専門家・当事者・関係者以外は誰も知らなかった。「アショア」ってなに?というレベルだ。

いまでも、イージス艦と地対空パトリオット・ミサイル(PAC3)が、日本防衛の要。中国。北朝鮮などからの攻撃から日本本土を守る。

筆者はハワイ真珠湾などで「ミサイル防衛」日米訓練を現地取材した。日米のイージス艦にも乗り込み、海自のカレーも食べた。ミサイル防衛の効果、正確さなどで、世界的に有名な米国の専門家数人の話も、直接対面で話を聞いた。

そこで分かったこと。簡単にいうと、「飛んで来る弾丸」をこちらが弾丸を発射して撃ち落とす。どれだけ難しいか、本当に当たる確率が低いのだ。日米共に、現行の防衛システムがかなり機能する、日本が守れるという部分を強調した。筆者はそんな綺麗ごとを言える状態でないのを、専門家取材で理解した。

数年前か、イージス艦とPAC3では日本防衛に充分でないことが判明した。イージス艦増強や補充が人員育成などの問題で、できない。だからこそ、地上にイージス艦を乗り上げさせて、防衛に使う「イージス・アショア」が重要になる。

だがこれも信じられないことに、地元の秋田の反対で頓挫した。地元の人々の気持ちは分かるが、日本は自国防衛を真面目に考えていないとワシントンで囁かれた。

東北に3年前に飛来したスパイ気球。一応、破壊措置命令というものがある。日本の法律では「落下する恐れがある場合に撃墜できる」「単に飛行物体として漂っている」だけではダメ。日本に「直接被害が出ると思われる時だけ、攻撃できる」と聞いた。だがあの時は落下する可能性などはなかった。つまり手を出せなかった。そもそも河野大臣の言葉に代表される。調査する気も、手を出す気もなかった。

そして9条。いまの日本は「来襲するミサイル」を想定、偵察気球など全く想定していない。

世界が認める個別的自衛権行使になり得る。日本の憲法学者は安全保障の実態を知らず、法理論だけ。多分、反論するだろうが、万が一の撃墜が法律違反、憲法違反になるとは思えない。

この東北に飛来した気球により、自国領土を侵犯され、多分だが、日本の各種データを勝手に盗まれた。

気球のように派手ではないが、東京都内で中国、ロシアの諜報員が、水面下で暗躍しているのはほぼ間違いないと、米国は考えている。「スパイ天国」日本は世界の常識。

落下するかどうかなど関係なく、領空侵犯されたら、すぐに撃墜するようにすべきだろう。間違いなく航空自衛隊にはその能力がある。法改正も視野に入れて、こんな舐められた領空侵犯されたら、撃墜する姿勢を、中国などにみせるべき。抑止になることをするべきだろう。米軍が一緒に戦いたくなくなる。

今回の米国の事件がなければ、記憶の彼方に消える。これもいつものこと。「極楽」は続く。当然、結論は国民が決める。その前に、少しは真面目に事実を知り、深い議論をしたらどうだろうか。

思い出した。30年近く前、筆者は「キューバ危機」の取材で、米空軍基地に、U2偵察機を見に行った。いつもみる画像では、なにか玩具のようにみえる。だが本物はかなりでかい。車で引っ張り、グライダーのように滑空した。20キロ以上の超高高度を飛行するため、パイロットは宇宙服にも似た特殊な服を着る。お願いしたが、同乗は許されなかった。そもそも操縦席は1人しか乗れないが、得意の「そこを何とか」と言ったら、笑われた。

1960年代、このU2偵察機が、ソ連領空を侵犯して撃墜された。

それ以前も少しやっていたが、米がソ連の領空に入り、こっそり写真撮影を中心に偵察した理由の1つは、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込んだことへの対抗だった。一番大きな問題になった撃墜事件は、キューバ危機の2年ほど前だが、米は継続して「いまも」U2利用の偵察をしていると言われる。世界中でやっており、いまや数10センチまで識別できる画像が、高高度からこっそり撮れる衛星利用とは違う利点がある。

筆者はキューバ島のジャングルを分け入って、ソ連軍ミサイル基地の現場にも行った。キューバ人が運転するトラックの荷台に乗って、ミサイルが配備されていた場所に立った。

国際政治だから当たり前。双方に言い分があるが、全面核戦争のことを脳裏が過り、本当に背筋が凍った。

筆者は普通の現地取材、当事者・関係者に話をキューバ国内で聞きたいだけだった。だが外国スパイを取り締まるキューバ内務省は、米国から来た筆者を、CIAの諜報員のように扱い、最後は国外追放のような形で、キューバを出た。もちろん、CIAには友人がいた。キューバ諜報上層部のエスカレンテのように直接取材した人間までいるが、キューバ内務省には関係ないらしい。とにかく人をみたら疑えだ。まるでその後の中国取材のようだった。

一方の米国もキューバを経済封鎖のような扱い。キューバ国内ではお金を使えない。筆者はキューバ入国の証拠を隠滅した。もう時効なので言えるが、たまたま高校の同窓生が外務省にいて、協力してくれた。現地(生)取材は、いろいろな困難が伴う。

キュ―バに配備されたソ連の核ミサイル。近距離なので、米にしたら喉元に突きつけられたナイフ。1960年代、生きるか死ぬかだった。

高高度を飛ぶ米国のU2偵察機は、気付かれず、ソ連のミサイルに撃墜されないはずだった。だが偶然が重なり、”運よく”ソ連の地対空ミサイル軍は、撃ち落とした。1960年のことだった。米空軍操縦士は、所持していた自殺用の薬を飲まなかった。軽傷で拘束され「生き恥」を晒すことになった。家族にも聞いたが、悪名高いソ連諜報の尋問で「針のむしろ」だった。

U2はソ連軍ミサイルで撃墜された時、高高度約20キロ以上。今回米軍が撃墜した中国のスパイ気球も、ほぼ同じ20キロくらい上空を漂っていた。

今回迎撃したのは、米空軍の最新鋭ステルスF22。F15 でもよかったが、やはり高度が足りず、その分ミサイルの精度が落ちるので、F22にしたと聞いた。下からのミサイル発射よりも、ほほ同じか、少し上の高度からのほうが、ミサイル推進力の問題が起きない。相手は30メートル以上の巨大な気球、速度も遅い。バイデンが賞賛したように、決して簡単な作戦ではなかったようだ。空対空・画像誘導ミサイル1発で撃ち落としたという。

1960年のU2撃墜事件。米側はそれまで収集した画像情報を公開した。筆者は撮影して分析した米諜報官やCIA担当官にも、直接話しを聞いた。U2偵察機の画像は超高高度から撮ったものだが、かなり鮮明だった。

「米国はウソつきだ。そんなものあるはずがない」と高らかにソ連が世界に断言したもの、そのソ連の核ミサイルが、キューバ島のジャグルに配備されている写真があった。現実に存在した。

米国は国連でソ連代表に聞いた。「貴国は本当にキューバに核ミサイルを持ち込んでいないか? Yes かNoか、2択で答えろ」

米としては、どうせいつものようにソ連は嘘をつくだろうから、その時、画像を証拠として”嘘つき”ソ連代表に「ほーぅ?ではこれはなんだ?」突きつけようという作戦だった。

ソ連の代表は「そもそもそんな言い方をされる筋合いはない」と、逃げた。

その時、世界は「事実」を確信した。

当然、米は証拠の画像をしつこく公開。ソ連の「大嘘」は世界に晒された。

(文脈は違うが、昔、パウエル国務長官のイラクにWMDがあると、懇切丁寧に国連で世界に説明したこと、結果的に大嘘になったことも思い出す)

キューバに配置されたソ連製核ミサイル。米ソの応酬。海上閉鎖まで実施され、米ソ間の緊張は高まり、全面核戦争の直前までいった。

筆者はもちろん、マクナマラ、キッシンジャーにも複数回会っている。

今回、中国は抑制的だが、米国の武力行使を「やり過ぎ」と非難した。意味不明の「国際慣行」という表現まで使った。「盗人猛々しい」といえる。

米側は間違いなく気球の残骸からデータ情報を取集、自国の諜報活動に支障がない程度に、一部を公開する可能性が高い。

「不可抗力」「民間のもの」とか、「気象用の調査目的」とかする「中国の大嘘」がばれるだろう。

興味深いのは、過去10年くらい中国が世界中でやっていると言われる領空侵犯による偵察活動を、やはり同じくらいの高高度20キロくらいから、米国は1960年代にソ連を中心に繰り返しやっていたこと。U2が撃墜された時のソ連への言い訳も「気象調査用」と、今回の中国の主張と同じだった。苦笑いするしかない。

現在FBI・米軍・諜報が一生懸命やっている。「森の向こう」機関は隠密、米国内の活動は、米国法で違法、静かに静かに、水面下で。だが中国が得たデータ公開が、期待される。

いつものように、中国側は証拠が「捏造されたもの」と主張するだろう。

ここでの中国の計算。いやどこの国でも似たような状況で当事国が考えていること。例えば米国が「ほら、これをみてみろ。あなたの気球の観測機器からこんな映像・音声データなどが出た。我が国機密情報を貴国が盗んだ」などと、言うとする。中国は「いやいや、貴国が勝手に作り上げた偽物だ」と反論する。米は機密扱いのデータなので、真正のものである証明ができない。結局、平行線。

さらにこの手の争いに、国際法などあってないようなもの。国連の力のなさも、史実をみれば理解できる。結局、みんながやりたい放題の世界なのだ。

だからと言って日本がなにをやっても良いというわけでは、当然ない。あくまでも世界の「冷徹な現実」をみつつ、抑止力を高めるなど、同盟国の米国と相談、冷静な対策を立てるべきと言っているだけだ。思考停止を止める時期に来ている。議論が必要。

さて、どうなるか。