総理秘書官の更迭にみる官僚たちの荒涼たる風景

絶句する質の劣化が次々と噴出

首相を支えるべき荒井勝喜・秘書官が差別発言をして、更迭されました。機微に触れる差別問題に対するあまりにも無神経な表現といい、政権の中枢にいながら、「言っていいことと、言ってはいけないこと」の区別ができない。この官邸官僚の思慮のなさに驚きます。

このような人物に支えられる日本の政府、政治は大丈夫なのだろうかとも思います。岸田首相も絶句したに違いない。

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「隣に住んでいるのも嫌だ」、「同性婚を認めたら国を捨てる人がでてくる」。差別主義者だって公の席では、こんな品性を失った表現はまあしないでしょう。事務次官候補との評価だったそうです。自分のようなエリート以外の存在は認めたくないといった口ぶりです。

難関の国家公務員試験をパスして主要官庁に採用されて出世し、総理秘書官にまで就いた人物の判断能力がこれほどまで劣化していることに驚くのです。官僚の世界のトップを走ってきた人物の失態が物語るのは、彼らが操るこの国の政府、政治はどこへ漂流してしまうのかという不安です。

官邸で広報を統括し、総理の演説の執筆やメディア対応をするキーパーソンでした。何をどう発言すれば、どのような反応、反響が国内、国際的に起きるかを読む能力を必要とするポストです。ちょっと信じられない暴言、放言、というより本音、本心が噴出した。

「性的少数者や同性婚」は社会的に極めてデリケートな問題です。通常なら岸田首相が釈明した「性的指向、性自認を理由とする不当な差別、偏見があってはならない。多様性が尊重され、共生社会の実現に向け取り組んでいく」という範囲にとどめるべきでした。

総理秘書官ですから、不用意な発言をすれば、国会審議でも追及されることくらい分かっていなければならない。そうなるでしょう。この人物を送り込んだ経産省、迎え入れた岸田首相の責任は大きい。

首相の施政方針演説(1月23日)の一節に「すべての人が生きがいを感じられる、多様性が尊重される社会を目指す」とあります。演説は荒井氏が粗筋を作り、原稿に目を通し、手を入れたと思われます。それが急変して、自民党にいる差別主義者に向けた発言をしたくなったのでしょうか。

岸田首相が議長を務めるG7サミットでは、「性的指向などを含めた少数者の権利の保護の重要性」が共有されています。オフレコとはいえ、「(同性婚者は)心の奥底では嫌だ」の発言は、海外から日本は異様な国だと思われるでしょう。

性的指向の問題で、総理秘書官も賛成、反対で個人的な思いを持つのは自由です。総理秘書官であるならば、個人としての考え方は封印して発言すべきなのです。女性蔑視発言の森・元首相も同じことが言えた。

総務政務官を更迭された杉田水脈議員は「男女平等は絶対に実現しない。反道徳の妄想だ」と発言していました。杉田氏はどこかのグループにそそのかされ、そうした発言をすることで支持を得て議員になっているような人物でしょう。それと荒井氏は全く違う立場です。

福田財務次官が女性記者と会食し「胸を触っていい」、「抱きしめていい」と発言(18年)、音声を録音され、辞任した時のことを思い出します。官僚の頂点に立った人物がこの程度の意識でいる。

警察官僚出身の葉梨法相は「法務大臣は死刑執行のはんこを押した時だけニュースになる。地味な役職だ」と本音を吐き、辞任(昨年11月)しました。官僚たちの荒涼たる風景に絶句する人は多いでしょう。この国は本当に大丈夫なのか。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。