中国の偵察気球問題、バイデン大統領による一般教書演説へのインパクト

バイデン大統領は2月7日に行う一般教書演説を、景気後退懸念を吹き飛ばす米1月雇用統計を手掛かりに自身の功績を米国民にアピールする機会と捉えていたことでしょう。そこへ中国偵察気球が米国本土を横断、2月4日に米軍がサウスカロライナ州沖で撃墜したものの、風向きが変わりつつあります。

そもそも、2月5~6日にブリンケン国務長官の訪中を控え、国務長官としては5年ぶりとなる習近平主席との会談まで予定していました。当然ながら、中国の偵察気球を確認された2月3日に訪中の延期が決定されたわけですが、一体なぜこのタイミングだったのでしょうか?

BBCは、独立系軍事アナリストの分析として「中国は関係を改善したい一方で、必要な手段を用いて持続的な競争する用意があることを、緊張を極度に高めない方法で伝えようとした」と報じていました。あるいは、バイデン政権が中国との関係改善をどれほど望むのかを試した可能性も捨てきれません。

画像:1月26日、ホワイトハウスで春節を祝うイベントに出席したバイデン大統領夫妻 The White House SNSより

そもそも気球は、戦闘機やドローンより簡単かつ安価に組み立てられます。中国外務省が2月3日が「民間の気象観測用」と説明した通り、中国が「危機を極度に高めないよう」米国にメッセージを送ることも可能です。また気球は、航空機や戦闘機より飛行距離が格段に長いという利点もあり、ギネス記録は1999年3月1~21日の4万814kmに及びます。対して旅客機はボーイング787型機で1万3,620kmですから、その長さが分かりますね。ちなみに、北京からNYまで約1万㎞ですから、気球であれば難なく飛行できます。

ワシントン・ポスト紙が掲載した中国の偵察気球の推定飛行ルートをみると、太平洋をわたり1月28日にアラスカ州アリューシャン列島で発見され、モンタナ州を始め大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射施設や、空軍基地、原子力施設がある地点の上空を通過していたとされます。その大きさはトラック3台分、直径30mとされ太陽光パネルなども設置されていたとか。中国外務省が2月3日に説明したような、「気象観測用」にしては規格外ということも事実。孫氏の兵法にある「兵は詭道なり」、との名言が頭に浮かんでしまうのは筆者ばかりではないでしょう。

単純に考えれば、一連の米国側による対中強硬策への”報復”のようにみえます。過去数カ月の間で、バイデン政権は以下の措置を講じました。

・2022年10月 半導体製造装置をめぐり対中輸出規制を強化
・2022年12月 州議会で、TikTokの使用禁止法案が次々に成立
・2022年12月 中国の半導体メーカーなど36の企業や団体を事実上の禁輸リストに追加
・2022年12月 2023年度国防授権法案を可決、台湾支援予算含む
・2023年1月 米下院が中国特別委員会を設立
・2023年1月 米韓エネルギー・商業委員会、TikTokの最高経営責任者(CEO)を招いた公聴会を3月23日に開くと発表
・2023年1月 日米蘭、対中半導体輸出規制で合意
・2023年2月 米国、台湾に近いフィリピンの軍事基地4か所の使用権を獲得

ただし、仮に中国が挑発行為に踏み切る決断をしたのであれば、非常に危険な賭けだったことに違いありません。両国の衝突リスクはもちろん、足元で米下院は対中強硬派ぞろいの共和党が僅差ながら多数派を握っています。実際、バイデン政権の対応をめぐり「弱腰だ」、「撃墜に時間を掛け過ぎた」と非難轟々です。

米国防総省によれば、トランプ前政権でも同様の中国偵察気球が米国上空付近を飛行したとされています。エスパー元国防長官は認識していないと否定していますが、中国の偵察気球をめぐり民主党と共和党の対立が一段と激化しないとも限りません。

米国民の感情を逆なでしたことは間違いないでしょう。ただでさえ、対中高感度は低下の一途をたどり、ピュー・リサーチ・センターが22年9月に発表した世論調査結果では、ご覧の通り「好ましくない」が過去最悪の82%と記録を更新中です。

チャート:悪化をたどる米国人の対中感情

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(作成:My Big Apple NY)

バイデン政権としては、共和党の批判だけでなく米国民の声を聞く必要に迫られていることは間違いありません。ワシントン・ポスト紙/ABCが1月27日~2月1日に実施した世論調査では、民主党支持者と民主党寄りの無党派層の間で「2024年の米大統領選にバイデン氏以外の候補を望む」との回答が58%と、バイデン氏の再出馬を期待する回答の31%を上回っていました。今こそ、強い指導者たる存在感をアピールするときでしょう。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2023年2月6日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。