美濃加茂市長事件「再審請求棄却決定」について、藤井浩人市長がAbemaPrimeに出演

冤罪を晴らすためにはいくつもの壁がある。

全国最年少で岐阜県美濃加茂市長に就任した藤井浩人氏が、就任1年後の2014年6月、市議時代の30万円の収賄の容疑で突然、逮捕・起訴され、一審では無罪判決を勝ち取ったものの、控訴審でまさかの逆転有罪判決、そして上告棄却で執行猶予付き有罪判決が確定し、3年間の執行猶予期間の公民権停止のため、2017年12月に失職した(拙著【青年市長は司法の闇と闘った 美濃加茂市長事件の驚愕の展開】)。

公民権停止期間が明けた藤井氏は、2021年11月、冤罪との闘いを綴った新著(【冤罪と闘う】)を上梓、再審請求を行った後に、2022年1月23日投開票の美濃加茂市長選に立候補し、4年間市政を担ってきた現職市長を、ダブルスコアの大差で破って当選を果たした。

この再審請求に対して、名古屋高裁刑事二部(逆転有罪判決を行った裁判部、現在は裁判体の構成は異なる)は、2023年2月1日、再審請求を棄却する決定を行った。主任弁護人の私は、即日、名古屋高裁に異議申立を行い(異議審は、名古屋高裁刑事一部に係属)、同日、藤井市長とともに、記者会見を行った。

この藤井浩人美濃加茂市長の再審請求とその棄却決定の件が、2月3日夜、テレ朝・アベマプライム《変わる報道番組#アベプラ》で取り上げられ、【「疑わしきは罰せずじゃないの?」話だけで有罪に?美濃加茂市長が再審望むワケ】と題するコーナーで、藤井市長、ひろゆき氏、元裁判官の西愛礼弁護士、若新雄純氏らが生出演し、今回の事件や再審棄却決定の問題点が的確に議論された。

とても分かりやすくまとめられているが、弁護人の立場から、いくつかのポイントを補充しておきたい。

新証拠としての「贈賄供述者Aの知人Xの供述」

藤井市長が、今回の再審請求で新証拠として提出した贈賄供述者Aの知人Xの供述のことについて、番組で

Aから「お金を渡したと聞いた」と裁判で証言したXに弁護士が接触でき、確認したところ、「検察が、藤井への金の流れを示す物的証拠があるという前提だった」と言ったので、「実際には金の流れを示す物的証拠はなく、Xさんの証言が、有罪の決め手になってしまった」と弁護士が説明したところ、Xさんは驚き、Xさんの意図していない形で証言が使われたことがわかった。

と説明しているが、この点は、まさに、この再審請求のポイントである。

名古屋地裁の第一審判決は、贈賄供述者Aが融資詐欺で取調べされているときに藤井氏への贈賄を言い出したことについて、

融資詐欺に関して、なるべく軽い処分、できれば執行猶予付き判決を受けたいとの願いから、捜査機関の関心をほかの重大な事件に向けることにより融資詐欺に関するそれ以上の捜査の進展を止めたいと考えたり、A自身の刑事事件の情状を良くするために、捜査機関、特に検察官に迎合し、少なくともその意向に沿う行動に出ようと考えることは十分にあり得る。

と述べて、「虚偽供述の動機の存在の可能性」を指摘した。それに対して、逆転有罪を言い渡した控訴審判決は、

Aが、贈賄の件を捜査機関に述べることによって、融資詐欺についての捜査の進展を妨げ、起訴や求刑等で検察官に手心を加えてもらおうという気持ちを持っていた可能性は否定できない。

と第一審判決と同様の供述動機を認めながら、

Aがそのような気持ちを持っていたとしても、A証言が虚偽かどうかは別問題である。仮に、A証言が虚偽だとするとかえって説明困難な点が存在する

として、その理由となる「重要な証拠」として指摘したのが、本件現金授受があったとされる4カ月後の2013年8月、Aと、知人のXが美濃加茂西中学校に浄水プラントを見に訪れた際、XがAに、「よくこんなとこに付けれたね」と言ったのに対して、Aが、「接待はしてるし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡してる」と発言し、「何百万か渡したのか」との質問に、Aが「30万くらい」と述べたとのXの供述だった。同判決は、

Aが融資詐欺で逮捕されるよりも9か月以上前とか、5か月以上前であり、後から作為して作り上げることのできない事実であるという意味において、A証言の信用性を質的に高める

として、一審判決の判断を覆す重要な証拠として評価していた。

ところが、有罪判決確定後に、弁護人がXに接触することができ、Xから、以下のような供述が得られたのだ。

藤井氏が収賄、Aが贈賄で起訴された後に、名古屋地検に呼び出され、検察官の任意取調べを受けた際、「Aから、美濃加茂市長になる藤井という議員の接待や足代を渡すのに金がいると言われてAに50万円を貸したことがある」と話したところ、その後、再び、名古屋地検に呼び出され、検察官から「あなたが貸した50万円のうち20万円が藤井の銀行口座に入金されていることが確認できた。Aが、その前に藤井に贈った10万円の賄賂も、渡した翌日に、10万円がそのまま藤井の銀行口座に入金されているので、金の流れがすべて確認できた」などと話され、自分がAに貸した金を含め、30万円がAから藤井にわたったことを確信した。西中学校の浄水プラントの現場を見に行った際のやり取りについても、Aから藤井に30万円渡った前提で推測も含めて話したに過ぎず、中学校に行った際にAから30万円という金額の話が出た記憶はない。

X供述は、各現金授受に関する「A証言と金額も含めて整合しているなどと評価できる」ものでも、「Aの供述の信用性を質的に高める」ものでもない。それどころか、藤井氏の裁判で、Aが藤井氏に渡したとする「金の流れ」についての客観的な裏付けは全くなく、この点は、検察官も認めているのだ。そのことを弁護人から聞かされ、自分の供述が有罪の決め手になったと知って、Xは腰を抜かさんばかりに驚いていた。Xの供述は、検察官に騙されて引き出されたものだったわけである。

控訴審の判決が、有罪の理由としたX証言が、検察官に作り上げられたものであり、「後から作為して作り上げることのできない事実」でもなんでもなかったことが明らかになったので、そのXの新供述を、「無罪を言い渡すべき新証拠」として、今回の再審請求を行った。

ところが、今回の名古屋高裁の再審棄却決定では、X供述について、以下のように述べている。

Xは、検察官から読み聞かされた供述調書の内容に特に違うところはないと思い署名した、第1審公判証言時に自己の記憶に反する証言をしたわけではない、というのであって、検察官の発言から請求人が30万円を受け取ったことは間違いないだろうと思っていたからといって、直ちに第1審公判証言の信用性に影響するとはみられない。のみならず、平成25年8月の体験時から本件各陳述書の作成までに相当長期間が経過していることからすれば、その間に記憶が減退するのはむしろ当然のことといえる

Xは、検察官に騙されて、記憶にないことを証言させられたと言っており、もしその「騙し」がなかったら、Xがそういう証言をしていなかったと言っているのに、そのことには全く触れていない。Xは、検察官に騙されて、偽証と明確に認識することなく、客観的には記憶に基づかない証言をしたことが明らかになったのだが、それでも「公判証言の信用性に影響しない」というのだ。

これでは、「証言者が意図的に偽証をしたと認めなければ、再審をすべき新証拠とはならない」ということになる。もし、偽証したと認めたら、検察官に偽証罪で起訴される可能性もある。それを覚悟の上の供述でなければ、新証拠と認めないということなのだ。

今回の再審棄却決定は、証言に基づいて有罪が確定した事件の再審を開始するためには、その証言者が「偽証を自白」することが必要であるとしているので、再審に極めて高いハードルを設定しているということなのである。

贈賄者側の有罪判決が確定していることの収賄者側への影響

もう一つ、アベマ番組の中で、司会者が、西弁護士に

Aは有罪が確定していますよね。同じ事件で有罪無罪が分かれることはあり得るんですか。

と質問したのに対して、

Aさんの裁判では藤井さんが有罪か無罪かは争われていない。証拠に基づいて裁判を行う以上、その人ごとに証拠が違ってしまうと結論が変わる。Aさんの裁判では藤井さんが有罪か無罪かは一切争われていない。有罪判決で藤井さんの名前は共犯者の名前としては上がってくるが、藤井さんの有罪無罪は藤井さんの裁判で決めましょうと思って審理している。

と説明している。

一般論としては、西弁護士の説明のとおりである。また、藤井氏も、その前にAの贈賄事件はAが全面的に認めて有罪判決が確定していたが、藤井氏の一審では無罪判決が出されたのであるから、共犯者の有罪判決が確定していることは、一審で無罪判決を得ることの支障にはならなかった。

贈収賄事件の場合、賄賂の授受があったという有罪判決と、授受がなかったいう無罪判決は完全に判断が相反する。そういう「相反する司法判断」が出ると、有罪判決については再審事由にもなる。そのために、確定した有罪の「司法判断」に反する無罪判決を確定させないようにする、という力が働いているように思える。

実際に過去の事例を調べてみると、30年余り前まで遡っても、贈賄事件での有罪判決の認定と正面から相反する収賄事件の無罪判断が確定した事例は見当たらない。賄賂の授受がなかったとして無罪判決が出された事例は、上訴審で覆されて、賄賂の授受が認定され、有罪が確定している。

1986年に東京地検特捜部が横手文雄衆議院議員を起訴した撚糸工連事件では、贈賄側の有罪が確定した後に、控訴審では、賄賂の授受自体が否定され、収賄側の横手議員に対して無罪判決が出されたが、検察官が上告し、上告審で控訴審判決が覆され、有罪となった。控訴審の事実認定を覆すために検察官上告というのは極めて異例で、認められる可能性は一般的には低いといえる。

ところが、この事件でも、「贈賄側の有罪が確定している事件で収賄側の無罪で確定することはない」という原則は崩れなかったのである。

贈賄側の事件が無罪判決を妨げる決定的な要因になるとすると、虚偽の贈賄供述で収賄の疑いをかけられた側にとって、最終的に無罪判決を獲得することは極めて困難ということになる。そのことは、「詐欺師」の贈賄供述で謂れのない収賄容疑をかけられた藤井氏の無実の訴えの前に「高い壁」となって立ちはだかったのである。