日米韓連携の試練:「応募工問題」と松川るい議員の外交技術論

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松川るい議員の「応募工問題」(いわゆる“徴用工問題”)に関する発言が波紋を起こしている。『日曜報道THE PRIME』(2月5日)という地上波テレビ番組で展開した松川議員の対韓外交に関する考え方に、一部の識者や視聴者が異論を表明している。

今回の対韓外交論をめぐる一連の国内反応は、「外交技術に長けた国会議員と国民との間の認識相違」であろう。松川議員の発言は詳細まで汲み取れば「国益」に沿うものであったが、その真意が国民に伝わりにくかったようである。そのことには実は理由があるが、それはあらためて指摘したい。

それ以上に重要なことは、これは「認知戦領域における日本の弱点」を浮き彫りにしている点であり、今後はこれを考察して行きたい。

その基礎として本稿ではまず、① 発言要旨について記録し、波紋を広げた論点について整理してゆく。

続く別稿では、② SNS上の反応について確認し、③ 松川議員と国民の認識の乖離部分を抽出して「認知戦領域における日本の弱点」を明確化したい。

それらを基礎として、④ 現状の課題の一般化、⑤ 具体的な対策、についても次回以降の別稿で検討して行く。

① 松川議員要旨の記録

まず、『日曜報道THE PRIME(2月5日放送)』における松川議員の発言のうち、その後に強い反応が起きた部分を番組録画から文字起こしすると次の通りである。

番組MC:今回仮に日韓で何かしらの決着が図られるとしたら、やはりもう一度何かしらの形でこういう反省や謝罪・お詫びというのを求めてくるのではないかと見られていますが、松川さんはどうみますか?

松川議員:謝罪っていうのは、韓国との関係で新しいものを「謝罪する」というのはこれはもうあり得ない話だと思いますし、だいたい“徴用工問題”については、日本政府は別に謝罪すべきことはたぶんないという立場なのでそういう意味ではないんだと思いますけど。

ただ“徴用工問題”が日韓の間の最大の「信頼関係を損ねている問題」なわけでありまして、これが解決されたときに、当然日本政府も何かコメントを出すと思うんですね。ここは外交交渉のなかで、尹(ユン)政権の間でないと解決絶対できませんので、これを解決すること自体は日本の国益なんですね

その時にできるのが周りに北朝鮮がミサイルをもう年間100発近くも打つとか、中国が台湾に対する圧力を高めているとか尖閣諸島に毎日のように海警船がきていて、ロシアはウクライナ戦争中ていう、その日韓両方ともおかれた立場を考えれば今以上に日米韓安全保障連携が必要なときはなかったと思いますし、そういう意味で、尹政権以外で解決できないので、しかもこの案は解決がおそらく唯一可能な案です、なぜならば原告の同意はいらない、国会の関係もいらない、なので政府が決めちゃえばできる。なので、これができるようにするために、日本としてぎりぎりの、向こうがもつようにしてあげることは考えるべきだと思うんですね。

なので新しい謝罪はできないし、日本企業、被告企業の謝罪もないと思います。まあ私が被告企業の立場に代わって言うのもなんですけど、なのでそういう制約の中でぎりぎりどういった工夫ができるのか、私は、解決もしもされたら、いろんなことが日韓でできていきますから、そういう意味でむしろ明るい未来に向けてのメッセージ、つまりたとえば小渕金大中時代ではありませんが、「次に岸田尹時代を開いていきましょうね」といったような未来に向けたメッセージを送るというのを主にして、中で過去の立場は維持していくというのをアクノレッジ(acknowledge:承認)するのがせいぜいではないか

番組MC:日韓の首脳会談を行って?

松川議員:いやそれは別に必要ないんじゃないかと。(略)合意文書とかそういうのは上策じゃないと思います。また問題になるから。

松川発言要旨を整理

要するに番組MCからコメントを求められたので答えたものであり、要約すると下記の通りである。

番組MC:(応募工問題決着の際韓国側は)もう一度反省や謝罪を求めてくるだろうが、松川議員はどう見ているか?

松川議員:韓国との関係で新たに『謝罪する』というのはあり得ない話。“徴用工問題”について日本政府は謝罪すべきことはない。『岸田尹時代を開いていきましょうね』といった未来に向けたメッセージを送るのを主にして、過去の立場は維持していく、というのを承認するのがせいぜいではないか。

番組MC:(メッセージは)日韓の首脳会談を行って(発信するのか)?

松川議員:いやそれは必要ない。合意文書等は上策ではない。なぜなら、また問題になるから。

上記の通り、松川議員発言の主旨だけを見れば日本国内で異論の起きにくい、妥当な話である。問題はこの主文の間に差し込まれた下記のような複数のコメントであろう。

松川議員発言の注意を引いた部分

  1. “徴用工問題”が日韓間の最大の「信頼関係を損ねている問題」
  2. 解決時、当然日本政府も何かコメントを出す
  3. 尹政権の間でないと解決絶対できない
  4. 向こう(尹政権)がもつようにしてあげる、日本としてぎりぎりのことは考えるべき
  5. これ(“徴用工問題”)を解決すること自体は日本の国益

これら発言の中に“可燃性の高い”部分があった。要点を絞るとそれぞれ次の通り。

1. “徴用工問題”が日韓間の最大の「信頼関係を損ねている問題」
煩雑であるが「いわゆる」を付けずに「徴用工問題」と発言することがまず波紋を呼ぶところである。「徴用工問題」とは、日本側にとっては空集合のテーマだからである。

その上で、「ホワイト国の指定解除」に限定すれば松川議員の主張はその通りだが、国民の意識にあるのはもっと包括的な問題である。その視野における「信頼を損ねる問題」は「応募工」だけではなく、またそれが最大かどうかも人によって認識は違う。

例えば「安倍・朴槿恵間で締結した合意の一方的な約束破りこそより大きな問題だ」と感じている人も少なくないだろう。これもまた「韓国とは、政権が変われば国家間の約束も反故にする国であり、どんな合意も無効」という日本側が感じる不信の源泉の一つである。

それに加えて、竹島問題、レーダー照射問題、旭日旗難癖問題、北朝鮮への物資流出疑惑など、数々の問題が韓国側から発生してきた。いずれも優劣を付けられないほど深刻な背信行為である。

ただし、約束破りの常習国である韓国に対し、それでも約束を実行する日本側が“道徳的優位”に立つ心理的効果が発生していることには留意が必要だ。

2. 当然日本政府もコメント
日本政府が新たにコメントを出すことは慎重な対応が必要である。現在最良と考えられるどんな談話も、時間の経過と共に都合よく曲解されて不利な言質になる危険性が高い。しかし番組内でもそのあとに「合意文書は上策ではない、(なぜなら)また問題になるから」と松川議員自身も当該危険性については十分認識し警鐘を鳴らしている。松川議員と視聴者の間に、認識相違が発生しているようである。

3. 尹政権の間でないと解決絶対できない
次以降の政権が前政権(文政権)同様に極端な反日となることが確定しているわけではなく、「唯一絶対の機会」との断定を国民に納得させるには根拠の説明が必要であろう。また仮に現政権が信用できる相手だとしても、政権が変われば約束が守られない可能性が高く、長い時間軸の中では意味があるかわからないと感じている国民も少なくないだろう。

4. 尹政権がもつようにしてあげる、日本としてぎりぎりのことは考えるべき
最悪の前(文)政権と韓国大法院が残した日韓関係に関する負の遺産を、尹政権が支持率を落としながらも処理していることは事実であろう。法の支配などの価値観を共有できる政権が韓国に存在していることは、日米にとって極めて稀有な“追い風”である。この政権を下支えすることには確かに日本側にも利益があるだろう。

そして後に禍根とならないよう、実行できる策の範囲は限定的であることも「日本としてぎりぎりの」という部分から十分読み取れる。ただし、この受け止め方は、視聴者が何を重視しているかによってそれぞれだろう。

5. “徴用工問題”を解決すること自体は日本の国益
日韓間の問題を解決すること自体は、本当に国益に資するかどうか不明である。より上位の安全保障戦略の観点にたってはじめて「日米韓三か国の連携」には大きな意義が見えてくる。

具体的には、「日韓関係の改善は、日米韓三か国連携を下支えし、朝鮮半島(対北朝鮮)の安定に貢献し、米国を中心とする現状維持勢力側に引き留める(敵側に寝返らせない)という観点から日本の安全保障に裨益する」ということであろう。

以上問題視されている発言部分に焦点を当ててきたが、番組ではこれ以外にも複数の主張がなされており、それをも考慮すれば、妥当な見解として受け入れられるはずだが不幸にも他の発言には光が当たっていない。その原因は一体何なのだろうか。

次稿ではSNS上の反応に焦点を当てて検証して行きたい。

(次回につづく)