3億年前の魚の脳、その後の進化の驚くべき顛末

割と最近、私たちの祖先? またはその近縁種? かもしれない「魚の脳の化石」が見つかりました。

3億年前の古代魚の化石から「世界最古の脳」を発見! - ナゾロジー
100年近くも倉庫の中に眠っていた古代魚の頭蓋骨から「脳の化石」が発見されました。 この古代魚は約3億2000万年前のものであり、脊椎動物の脳の保存例としては世界最古となります。 また米ミシガン大学(University of Michigan)の主導によるCTスキャンの結果、現代の魚類の脳とは異なる構造を持っているこ...

残念ながら恐らく5億年前とされる今日の私たちにつながる感情の原点を獲得したご先祖の化石ではありません。

それでも、約3億年前の化石です。特に脳は化石になりにくいので、3億年も昔の脳の化石が見つかるなんてスゴイことです。これだけでも、何億分の1の偶然が重なって今日に届いた奇跡のギフトと言えるでしょう。

ただ「めっちゃ古いだけ」ではない脳の化石

このニュース、実は「めっちゃ古い脳の化石が見つかった」だけでは終わりません。注目されているのはその形です。

実は現代の魚類と私たち人間のような陸生脊椎動物には脳の発生過程に違いがあります。

私たちの脳は、まずワニの脳と言われる脳幹が形成されます。それを包み込むようにウマの脳(大脳辺縁系)が形成されます。

そして、ワニの脳もウマの脳も包み込むように、下から上に向かって外側から内側に折りたたまれるかのようにニューロンが積み上げられます。

こうして、最終的にワニの脳もウマの脳もすべて包み込むように大脳皮質が形成されるのです。

一方で、現代の魚の脳は内側から外側に伸びるように発生します。

まあ、現代の魚の大脳皮質は学習能力の余裕よりも効率性を重視して、相対的にシンプルな構造になっているので、折りたたむような発生は必要ないのかもしれません。

ですが、シンプルだからといってバカにしてはいけません。損傷の回復が早く、状況に応じてメスの脳がオスの脳に変更される種もある…など、柔軟性は私たちより高いです。

私たちの脳と魚の脳、どちらの脳が優れているとは一概には言えません。

今回見つかった3億年前の魚の化石の脳、私たちと現代の魚とどちらに近かったと思いますか?答えは、発生過程の方向性だけ見ると私たちに近かったのです。もちろん、私たちと比べるとシンプルではありますが、私たちの脳のように複雑化する萌芽が見られたのです。

なんだか不思議ですね。3億年前の魚なのに、今の魚より、私たちにより近い特徴が脳にあるなんて。

mrPliskin/iStock

脳の進化と多様性は面白い!!

こんな話を聞くとアレコレと連想してしまうのが、いわゆる学者さんの性というもので、しばし私の夢想にお付き合いください。

まず、前提として脳はライフスタイルに居合わせて生物種それぞれに違う進化をしています。

この3億年前の魚が陸に向かうという冒険を選んだ脊椎動物の祖先かどうかはわかりません。しかし、今の私たちの脳は、この魚の脳の発生過程をさらに複雑化させたものだという可能性は考えられます。

私たちの脳は複雑にさせたことで高い学習能力を得た一方で、修復力など柔軟性は弱くなりました。複雑になるほど修復や変更が難しいのはみなさんもよくご存知でしょう。

私たちは脳の修復力や柔軟性を犠牲にして、陸地への冒険に対応できる学習能力を選んだ種の末裔と言えるでしょう。

一方で、陸地への冒険より海という当時としては確実な環境で生きていくという選択をした今の魚類は、私たちほどの学習能力は必要なかったようです。

その代わり、回復力や柔軟性を優先した脳を持っているのです。

これはこれで逞しいですね!!

このような脳の多様性…、面白いですね♪

3億年の脳の進化が何をもたらした?

さて、ここで話を現代社会と人に移したいと思います。

ヒトと他の生き物を比べると、ヒトとヒトの間の違いは微々たるものです。

ただ、社会とは「微々たる違いを強調するシステム」です。

TarikVision/iStock

わずかな脳の働き方の個性の違いで、現代社会の中で居場所を得られにくい方も多くいます。例えば、小学生の社会では人の言葉の「ウラ」を読む脳機能の発達がちょっと遅いだけで、発達がちょっと早い子たちにバカにされます。

ちょっとの違いなのに、いずれは同レベルで機能するのに、一方はバカにする側になり、もう一方はバカにされる側になります。

このような社会の中で、近年、発達障害とされる方々の生きづらさが注目されています。

当事者やご家族、支援者など関係者の問題意識が高まる中で、なかなか社会的関心や支援への世論は高まりません。

彼らの支援を政策にしても票が得られないので(実際、それを訴えて出馬した元大学教授は落選しています)、彼らの支援には予算が付きません。私もよく当事者や関係者のための講演もたのまれますが、そのほとんどで予算がないので実質ボランティアです。

今、私たちは誰かの僅かな脳の機能の違いを強調して、誰かを生きづらくしている社会を作っているという事実に目を背けてはいけません。3億年前のご先祖から始まったかもしれない、脳を複雑化して地上という当時のフロンティアに踏み出す冒険の顛末がこれです。

生きづらいのは発達障害とされる人だけではない

本当は発達障害だけでなく、脳の個性が生き方に顕れる、パーソナリティの特性を持つ方々もいます。彼らは、その生き方が理解されにくいことも多いようです。

LGBTQとされる方々も背景に脳の個性がある場合もあるとされています。

彼らも居場所が得られないことで、反社会的、非社会的になる場合もあります。

ですが、みな同じヒトです。

微々たる脳の違いを強調する現代社会の中で、然るべきライフスタイルを送れずに苦しんでいる方も多いのです。ライフスタイルの多様性は、ヒトという種の存続可能性を補強するものです。

3億年前の今日の魚とは明らかに違う脳を持った、私たちの祖先かも知れない魚の脳…。その脳の発見から、わずかな脳の違いを排除に転換する社会ではなく、違いを相互の尊重する社会を目指せたらいいなあ…と一人の科学者としては夢想してしまうのです。

ぜひ、お互いの違いを尊重しあえる社会をご一緒に実現させましょう。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
「心理学でみんなを幸せに」を目指した心理学研究が専門。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力。サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援。大人のゼミナール「幸せになる心の使い方」を主催、メンバー募集中。
facebook