ワクチンの安全性を検証する統計手法SCRI法とは?

鈴村 泰

Vadym Pastukh/iStock

帯状疱疹とコロナワクチンとの因果関係が、専門家の間でちょっとした話題となっています。

「コロナワクチンにより帯状疱疹が増加した」とするNEJMの論文が、2021年8月に発表されていました。ところが、2022年11月には、「コロナワクチンにより帯状疱疹は増加しなかった」という趣旨のJAMAの論文が発表されました。つまり、結論が逆の論文が一流雑誌で発表されたのです。

今回の論考で解説するSCRI法(self-controlled risk interval design)という統計手法は、後者のJAMAの論文使用されています。この論文では、リスク期間(接種後0~30日)の帯状疱疹の発生率とコントロール期間 (接種後60~90日)のそれの比率を調べています。SCRI法ではワクチン接種者のうち発症者のみが分析対象となります。意味としては、偶発性を検証していることになります。SCRI法は、自己対照研究デザインの一種でもあります。

この論文の結果は、リスク比0.91[95%CI 0.82-1.01, P=0.08]であり、帯状疱疹はワクチン接種者において有意な増加は認めなかったということでした。なおこのJAMAの論文では、SCRI法以外に、コホート研究による検証も実施されており、そちらの手法においても有意な増加は認められませんでした。

次に、SCRI法の長所・短所について考えてみます。

【SCRI法の長所】
この手法の長所の1つ目は、未接種群のデータを収集する必要がない点です。現在の日本では接種率は80%を超えており、未接種者のデータを収集することは容易ではありません。したがって、今後の日本において、特定の疾患とコロナワクチンとの因果関係を推定する場合に、積極的に使用するべき統計手法であると私は考えます。

長所の2つ目は、接種群内の比較であるためバイアスが少ないという点です。コホート研究では、接種群とコントロール群と間のバイアス補正には多大な労力を必要とする場合が多く、解析は容易ではありません。

SCRI法は一般的認知度は低い手法ですが、PubMedで調べますと、ワクチンの安全性をSCRI法で検証した論文は、2013年以降に発表されており、現在までに12編ありました。以前紹介した 「心筋炎とコロナワクチンとの因果関係を推定した」論文 もこの手法を使用しています。比較的新しい統計手法であり、今後採用される頻度が高くなることが予想されます。

【SCRI法の短所】
短所の1つ目は、報告バイアスが存在しないことが担保されている必要があるということです。日本でこの手法を使用する場合は、この短所がネックとなる可能性があります。

2つ目は、例年の発生率の高い疾患の検定では有意差が生じにくいということです。帯状疱疹などの年間発症率が比較的高い疾患では、ワクチンによる発症が100万人接種あたり数十例程度では、有意差が生じない可能性があります。つまり、帯状疱疹の解析にSCRI法は適していない可能性があるということです。ただし、この短所はコホート研究にも当てはまります。

3つ目は、リスク期間とコントロール期間の設定の仕方により、結論が変わってしまう危険があるという点です。具体的に言いますと、発症が接種後1週間以内に集中する場合と、発症のピークが接種1か月後にある場合とでは、期間の設定を変更する必要があるということです。

前者の場合は、リスク期間を接種後0~30日、コントロール期間60~90日に設定すれば問題ありませんが、後者の場合は、リスク期間を0~60日、コントロール期間を90~150日に変更する必要があります。

リスク期間とコントロール期間が適切に設定されているかどうかを判断するには、接種日から発症までの日数のグラフの呈示が必要です。JAMAの論文では、このグラフが呈示されていないため、期間の設定が適切かどうかの判断ができません。論文の著者が、自らが期待する結論となるように、期間を設定してしまうことが有り得ることに注意する必要があります。

重要なことは、ワクチン接種により、特定の疾患の発症が偶発的でなくなったかどうかを見極めることです。このためにはグラフの呈示は必須です。SCRI法では、グラフの呈示を必須とはしておりません。したがって、私の考える偶発性の検証とSCRI法は全く同じものとは言えません。

最後に、日本で報告されている帯状疱疹を見てみます。厚労省のWebサイト で公開されている疑い症例一覧より、接種日より発症日までの日数のグラフを作成しました。なお、重複例は削除してあります。

このグラフでは、帯状疱疹が偶発的に発症しているようには見えません。このグラフのデータで、リスク期間の発生率とコントロール期間のそれを検定すれば、有意差が認められると考えられます。ただし、報告バイアスがあるため立証できたとは言えません。

厚労省は、接種群の発生率とコントロール群のそれの比較・検定以外の解析をするつもりがないようです。しかし、以前に私が指摘したように、発生率の検定のみで因果関係を推定することには問題があります。厚労省は、SCRI法などの手法により偶発性の検証をするべきと、私は考えます。