AIで「日本語の壁」が消えることで起こる変化

黒坂岳央です。

昨今、AIによる翻訳・通訳(以降はAI翻訳とする)の進化が目覚ましくドンドン自然に近い通訳・翻訳が可能となっていて驚かされる。ただ、今の時点では「もう外国語を学ぶ必要性そのものがない」というまで進化するとは思っていない。文章全体の文脈のニュアンスや流れ、異文化理解がなければ絶対に正確に翻訳できないものも数多くあるためだ。

筆者はゲーム会社から翻訳を依頼されることもあるが、「このセンテンスはどれだけ翻訳機が進化しても難しそうだ」と感じる文章はある。日本人の英語力の必要性はなくなるのではなく、むしろ高まると予想している。

だが、一部の論理的だったり、シンプルな文章についてはかなりの程度、AI翻訳は極めて大きな力を発揮する。2040年にまつわる我が国の未来予測についての意見が専門家から多数出ているが、その中に「AIで日本語の壁が消えるかもしれない」という興味深いものもある。

これはあくまで未来予測でしかなく、実現可能性はさておき思考実験の1つとして展開したい。

kyonntra/iStock

あまりに高かった日本語の壁

「AI翻訳の進化で日本語の壁が消える」と予想する専門家もいる。この場合の「日本語の壁」とはいわゆる日本での就労を希望するも、そのためには外国語として日本語を取得しなければいけない障壁のことを言う。従来、この壁はあまりにも大きかった。日本人の90%以上はビジネス英語ができない。そのため、必然的に外国人側が日本の都合に合わせる必要があった。しかし、今後AI翻訳が進化すれば少なくともビジネス現場における日本語の壁は消えることになる。

現在のところ、外国人高度専門家の日本語の壁は、言語の取得の代わりに通訳者が取り払っている。筆者が外資系企業で働いている時は、一人でも外国人が交じる会議では必ず通訳者が入った。しかし、これは課題も少なくない。

通訳者は事前に会議の内容を予習してから挑む必要がある上に、時間が長くなれば通訳者の交代も必要になる。通訳という仕事は尋常ではないレベルに脳疲労を伴うためだ。当然、言語コストは企業が負担する。この高コストにより、日本で働ける高度専門家としての外国人は、よほど高い付加価値を提供できる人材しか選ばれることはなかった。

これにより、日本のビジネス現場はほとんどが日本人で占められ、雇用は強固に守られた。同時に多様性や技術やスキルが持ち込まれる機会は閉ざされていたといえる。

AI翻訳で日本語の壁が消えるとどうなる?

しかし、仮にAI翻訳がさらなる進化を遂げることで、一部の通訳翻訳業務を代替する領域が広がったらどうなるだろうか?

その場合、企業はより安価で技術力のある人材を求めて外国人にオファーを出すことになる。日本にやってきて働いてもらうのはビザの関係もあるので相変わらず簡単ではないが、数は増えるだろうしオンラインで調達すればこの問題も解消するだろう。日本人より人件費が安いインドの技術者に白羽の矢が立つのではないだろうか。インドは人件費が日本の20分の1程度で、エンジニア職などの技術者も同様である。

ただでさえ、労働者不足でどの企業でも人材の奪い合いが起こっている昨今、企業がAI翻訳の力に気づいて外国人にオファーを出すようになれば、企業側は根本から働き方が変わる。仮に日本政府が外国人への就労ビザの緩和をして、外国人が我が国へ働きに来れば彼らの多様性をも取り入れることになるだろう。

そして日本人のライバルは同じ日本人だけではなくなる。人件費が安い外国人に勝つためには、自分も低コストで働くか彼らができない高度専門技術を持つしかなくなる。長期的、大局的視野で見れば高度専門技術を追求する人を生み出すトレンドになるかもしれないが、その一方で物価は高いのに労働報酬を安く甘んじる結果になりかねない。生き残るために、付加価値を高める必要性が生まれる可能性は否定出来ないだろう。

ChatGPTをはじめ、昨今のAIの進化は目を見張るものがある。単なるトレンドではなく、働き方や人生設計そのものを根本から見直すきっかけになり得ると思っている。AIを過剰に恐れる必要はないが、正しく恐れ、自らの身の振り方を考え直す必要はあるのではないだろうか。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。