米紙ニューヨークタイムズや独紙ツァイトは7日、昨年9月に発生したバルト海の「ノルド・ストリーム」ガスパイプライン爆発の背後について、「米政府は親ウクライナ・グループが関与していると考えている」と報じた。ニューヨーク・タイムズは数人の匿名の米国政府関係者を引用して報じた。ドイツのメディアは、「爆発にウクライナの関与があった」と報じた。
ロシアからバルト海峡を経由してドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルド・ストリーム1」と「ノルド・ストリーム2」で昨年9月、爆発が生じ、亀裂が生じてガス漏れが発覚した。デンマークとスウェーデン両国では自国の排他的経済水域(EEZ)内でガスの流出が確認された。爆発当時、パイプラインは稼働していなかったが、ガスが含まれていた。スウェーデン政府筋は当時、爆発の背後には破壊工作があり、爆発物の残留物が検出されたと発表した。
パイプラインの爆発直後、ウクライナとポーランド両国は「ロシアが爆発させた」と主張してきた。2005年、ドイツのシュレーダー首相(当時)とロシアのプーチン大統領がロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム」計画で合意した時、ポーランドのラドスワフ・シコルスキ国防相(当時)は、「ヒトラー・スターリン協定」(独ソ不可侵条約)の再現だと批判したことがあった。
ただし、パイプラインを破壊できる軍事的、技術的能力(潜水艦や特殊部隊)を有している国はロシアだけではない。ロシアのペスコフ大統領報道官は当時、「米国の破壊工作の可能性がある」と指摘し、「欧州がロシアのエネルギーに依存しないように、両パイプラインを破壊したい国がある」と述べ、米国の仕業を示唆した。
ちなみに、米国は欧州のロシア産天然ガス依存を回避するためにショルツ独政府に「ノルド・ストリーム2」の操業開始を断念するように圧力を行使。ショルツ首相は昨年2月22日、「ノルド・ストリーム2の操業開始を停止する」と公表した。パイプライン建設は昨年秋に既に完成し、関係国の承認待ちだった。
米独メディアの報道によると、9月26日夜の犯行に使用された可能性のあるヨットはポーランドに本拠を置く会社がレンタルしたもので「ヨットは2人のウクライナ人の所有だった」という。そして「船長、ダイバー2名、潜水助手2名、医師1名からなるチームが爆発物を犯罪現場に持ち込んだ。ただし、彼らがどの国籍に属していたかは不明。偽造パスポートを使用していた可能性もある」という。しかし同破壊工作にウクライナのゼレンスキー大統領、または彼の側近が関与したという証拠はないという。
ニューヨークタイムズによると、匿名の米国政府関係者は「解体を正確に実行したのは誰か、誰が命令したか、誰が資金を提供したか等、多くの点がまだ不明だ」と認めている。ツァイトによると、「捜査官は、加害者の疑いのあるグループを誰が依頼したかをまだ突き止めていない」という。 独公共放送ARDによると、「爆発事件をウクライナ側の仕業とするために故意に痕跡を残した可能性も排除できない」と慎重な姿勢を崩していない。
ウクライナ大統領府高官はウクライナの関与を報じた米独報道の内容を否定した。一方、ドイツ首相府のスポークスマンは、「米紙の報告に注目している」と語った。情報が確認された場合、ドイツのウクライナ支援に深刻な影響を与える可能性が出てくる。ニューヨークタイムズは「ウクライナの関与の兆候は、直接的であれ間接的であれ、ウクライナとドイツのデリケートな関係に影響を与える可能性がある」と報じている。
16年間のメルケル前独政権時代の対ロシア融和政策、ロシアのプーチン大統領の蛮行を追認した「ミンスク合意」(独仏ロシア・ウクライナ)などもあって、ゼレンスキー大統領のドイツ観は批判的だった。メルケル政権時代の外相だったシュタインマイヤー独大統領のキーウ訪問をウクライナ側が拒否するなど、ドイツ・ウクライナ両国関係はウクライナ戦争後、一時期険悪だった。
「ノルド・ストリーム」の破壊工作がウクライナ人、ないしは親ウクライナ勢力となれば、ドイツ国内でウクライナ支援に批判的な声が高まり、他の欧州連合(EU)加盟国にもマイナスの影響を与えることが予想される。
なお、ショルツ首相は3日、ワシントンに飛び、バイデン大統領と会談したばかりだ。訪米ではショルツ首相はほぼ単独で随伴者もなく、会談後の共同記者会見もなかった。両首脳の会談内容は非公開だったが、バイデン大統領は、欧州のウクライナ支援に大きな影響を与えるかもしれない「ノルド・ストリーム破壊工作」に関する「新しい情報」をショルツ首相に知らせ、その対応について話し合った可能性が考えられる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。