立候補届けの締め切り後、73人の党員が党首選に出馬を表明したことが明らかになった。多くは無名の党員であり、当選する可能性は限りなくゼロに近い。社民党(前身『社会党』)はオーストリアの戦後政界をリードしてきた政党だ。ブルーノ・クライスキー(首相在位1970年から1983年)やフランツ・フラニツキー氏(首相在任1986年~1997年)が長期政権を誇った時代があったが、ここにきて国民の支持を失い、野党生活が長くなってきた。
この時期に党首選が行われることになった直接の契機は、パメラ・レンディ=ヴァーグナー現党首とブルゲンランド州のハンス・ペーター・ドスコツィル州知事との間の党路線をめぐる対立だ。社民党が今月実施されたケルンテン州議会選でも得票率を失い、レンディ=ヴァーグナー党首に対する批判の声が党内で高まってきたことを受け、「次期党首を党員選挙で決めよう」ということになった。
党内の路線争いが長期化すれば、2024年秋の総選挙にも影響を与えることは必至だ。レンディ=ヴァーグナー党首は党幹部会で党首を選出することを願ってきたが、ドスコツィル州知事が党員投票で決定すべきだと主張してきた。結局、投票結果は尊重されるが最終的には党大会で決定されることになった。
党員投票が決まったまでは良かったが、新たな問題が生じたのだ。合計73人の党員が党首投票に出馬を表明したのだ。困ったのは党首選の党員選を準備してきた準備委員会だけではない。レンディ=ヴァーグナー党首やドスコツィル知事も同様だ。2人で争ってきた党首ポストに70人以上の党員がレースに参加届けを出してきたからだ。
そこで党首投票に出馬できる条件、資格を急遽決定せざるを得なくなった。クリスチャン・ドイチェ党連邦マネージャーは27日、記者会見で「党員投票の結果には拘束力はないこと、党首は最終的には代議員が参加した特別党大会で決定する必要がある」と説明。同時に、「連邦党幹部は党員投票の結果を非常に真剣に受け止め、党大会への指名を準備する」と強調することを忘れなかった。
具体的な日程は、党員投票は4月24日から5月10日まで行われ、6月初めの特別党大会で新しい党首を決めることになった。党員投票は、郵送投票またはオンライン投票による。二重投票を阻止するために郵便投票が優先される。ちなみに、党首選で党員投票が行われることが決まった後、新しい党員が約9000人が登録された。この結果、選挙権を有する党員数は約14万7000人となった。3月24日までに党員となった人は誰でも選挙権がある。
同国メディアの報道によると、73人の大部分は無名の党員で、どのような政治信条を持っているは不明。明らかなのは社民党党員だということだけだ。準備委員会は、申請者が党首選に参加できる条件について数時間議論した後、候補者は、データの提出と自己紹介を求められることになった。偽の候補者は直ちにふるい落とされる。ドイチェ氏によると、立候補者は履歴書とプレゼンテーションを連邦社民党に送信する。その後、候補者は党のウェブサイトで正式に党員に公示される。党首選に出馬するためには、30人の支持署名が必要となる、といった具合だ。なお、73人の党首候補者の中で、レンディ=ヴァーグナー現党首、ドスコツィル知事、それにニューダーエステライヒ州のトライスキルへェン市のアンドレアス・バブラー市長の3人が有力候補補だ。
社民党が復興するためには新しい党首を選ぶことだけではない。問題はもっと深刻だ。社民党は労働者の党の看板を掲げてきたが、労働者を意識する国民が減ってきた一方、社民党はそれに代わる看板が目下ないことだ。ヴァーグナー党首はやる気はあるが、党幹部を結束させる政治力では見劣りする。一方、警察出身のドスコツィル知事は政策的には右派傾向がある。左派リベラルなヴァーグナー党首とは同じ社民党といっても政治信条はかなり異なっている。
オーストリアの複数の世論調査によると、極右政党「自由党」が与党第一党国民党を抜いてトップに躍り出てきている。それをネハンマー首相の国民党が追い、社民党は第3党に後退。このままいくと、次期総選挙ではオーストリア最初の女性首相になると表明してきたレンディ=ヴァーグナー党首のチャンスは少ない。ちなみに、社民党では人望のあるウィーン市のミヒャエル・ルートヴィヒ市長はレンディ=ヴァーグナー党首を支持、自身が党首になって連邦政治を引率する考えはないという。
いずれにしても、伝統的政党の社民党の党首選に73人の党員が出馬するということは、党内に現指導体制への批判の声がいかに大きいかを示す一方、好意的にみれば、社民党の舵取りに意欲のある無名の党員がまだ多くいることを物語っている。それにしても、73人の名前が掲載された党首選リストを前に、多くの党員は選択に苦慮せざるを得ないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。