国際刑事裁判所(ICC、本部ハーグ)が今月17日、ロシアのプーチン大統領に戦争犯罪の容疑で逮捕状を出してから2週間後の4月1日、ロシアが国連機関の最高意思決定機関ともいえる国連安全保障理事会の議長国に就任した。タイミングとしては最悪だ。
4月1日がエイプリルフールだったこともあって、ウクライナのクレバ外相は「悪い冗談ではないか」と語っていたが、冗談ではなく、これが国連機関の「現実だ」と表現したほうが適している。
安全保障理事会の議長国は15カ国メンバーの輪番制で、アルファベット順に毎月交代する。安保理事会は5カ国(米英仏露中)の常任理事国と10カ国の非常任理事国から構成されている。4月の議長国はロシアの番だ。ロシアが最後に議長国を務めたのは2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵攻した時だった。ちなみに、議長国として、ロシアは理事会の決定にほとんど影響を与えることはできないが、議題を設定し、会合の進行役を務める。
国際連合の憲章には、世界の紛争を解決し、平和な世界を建築するという高尚な目標が掲げられている。国連憲章の目的について、「国際社会の平和と安全を維持すること。人民の同権および自決の原則の尊重に基礎をおいて諸国間の友好関係を発展させること。経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決し、かつ人権および基本的自由の尊重を促進することについて協力すること」等が明記されている。
国連加盟国の一員だけではなく、安保理常任理事国5カ国のメンバーでもあるロシアが昨年2月24日、ウクライナに軍侵攻し、多数の民間人を殺害してきた。ロシアの行動は誰が見ても主権国家への侵略であり、国連憲章の精神を蹂躙している。プーチン氏が「戦争」ではなく、「特別軍事行動」と表現しようが、ロシアの行動は明らかに主権国家の権利を蹂躙し、人権弾圧を犯している。
ウクライナのゼレンスキー大統領は民間人を恣意的に殺害し、砲撃を加えるロシアに対し、「テロ国家」と呼んだのも当然だろう。ロシア軍の砲兵隊が先月末、生後5カ月の赤ちゃんを殺害したその翌日、そのロシアが安保理事会の議長国を引き継いだことに、ゼレンスキー大統領は激怒した。同大統領は「現国連は破綻している」と断言したほどだ。
ロシア軍のウクライナ侵攻直後、米欧諸国は2022年2月25日、安保理事会にロシア非難決議案を提出したが、ロシアが拒否権を行使して否決された。安保理事会で米英仏露中の常任理事国5カ国が拒否権を保有している限り、ウクライナ危機では国連は何も効果的な決定を下すことができないのだ。これが国連の「現実」だ。
第2次世界大戦終了直後に創設された国連は現在の世界情勢を反映していない。特に、安保理常任理事国5カ国体制は機能していない。国連の無能化の主因だ。常任理事国の拒否権を廃止しない限り、国連は紛争解決能力を持つことができない。もう少し厳密にいえば、強権大国ロシアと中国共産党が入った安全保障理事会は機能しないのだ。
ウクライナの国連常駐代表、セルギー・キスリツァ氏は、「4月1日は、不条理のレベルを新たなレベルに引き上げた。安保理は現在の形では麻痺しており、安保理の重要な問題、紛争防止と紛争管理に対処することができない」と述べている。同大使は、「重大な国家安全保障上の問題でない限り、ウクライナは4月の安保理事会に参加しない」と表明している(ウクライナは現在、理事会のメンバーではないが、議題がウクライナ戦争の時、これまで頻繁に発言してきた)。
多数の児童をウクライナからロシアに拉致連行するなど戦争犯罪をほしいままに行うロシアに対し、国連はロシアを追放すべきだ。それが出来ないというのならば、現国連機関を早急に解体し、同じ価値観、世界観を有する国が新しい国際機関を創設して再出発する以外にないだろう。
ロシアのネベンジャ国連大使は3日、記者会見し、ウクライナなどからの批判に対し、「議長国の権限を乱用することはない」と牽制している。同大使によると、「今月24日に国連憲章の原則の擁護をテーマに公開討論を開く。ラブロフ外相が議長を務める予定だ」と明かした。米国、英国、フランスらは、ロシアが主催する国連イベントへの参加を拒否することで、ロシアへの抗議の意思表明をする方針といわれる。
国連総会は2月23日、ロシアによるウクライナ攻撃を非難し、ロシア軍の撤退を求める決議案を採択した。決議案には141カ国が賛成し、7カ国が反対。中国など32カ国は棄権した。決議案には法的な拘束力はない。同決議案に対し、ロシアは無視してきた。ここで注目すべきは、国連加盟国193カ国中、141カ国がロシアの戦争犯罪を非難しているという点だ。ひょっとしたら、国連にもまだ希望があるかもしれない。
ドイツのショルツ連立政権に参加する「緑の党」の外交問題担当ユルゲン・トリティン議員は、戦争犯罪を繰り返すロシアが安保理議長国就任に対し、「ヤギが庭師に変わった」(Den Bock zum Gartner machen)と表現し、国連憲章を違反するロシア(この場合、ヤギ)を安保理議長国(庭師)にしてしまったと皮肉を込めて国連の現システムを批判している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。