ジャニーズ事務所が支配する芸能界の「タコ部屋」は日本社会の縮図

池田 信夫

ジャニー喜多川の性犯罪について元ジャニーズジュニアのメンバーが12日に外国特派員協会で話した記者会見は、新しい話ではない。喜多川が事務所に所属する少年タレントにセックスを強要していたことは、20年前に最高裁が認定した犯罪である。

驚いたのは、これをテレビがまったく報じなかったことだ。今のところNHKが翌日16時の流れニュースで、テレ東と日テレが14日深夜のニュースで短く報じただけだ。いつも芸能ニュースを延々とやっているワイドショーは、この話を黙殺している。

バラエティ化して空洞化する民放

その理由は明らかだ。民放の番組にはジャニーズ事務所のタレントが大量に出演しており、出演拒否されたら番組が成り立たないからだ。

本来テレビ番組は、テレビ局が企画して台本や演出を決めるものだが、民放の不況でそういうコストをかけた番組ができなくなり、タレントを出してしゃべらせるバラエティやワイドショーばかりになった。

バラエティ番組の視聴率は、誰が出るかでほとんど決まってしまうので、数字の取れる特定の人気タレントに需要が集中し、売り手市場になる。民放の番組は、ジャニーズ事務所や吉本興業などの芸能事務所が、企画・制作まで請け負う「丸投げ」である。

つまり不況の中で民放の番組がバラエティ化した結果、番組制作機能が「上流」の芸能事務所に移り、民放の空洞化が進んでいるのだ。

芸能事務所の独占利潤を民放が守るカルテル

コンテンツ産業がスーパースター中心になる傾向は、日本だけではない。ハリウッドでも黒字が出るのは映画の15%だといわれ、売れっ子の俳優や監督は1本の映画で数百万ドルのギャラを取る。違うのはそこからだ。

ハリウッドでは、俳優もスタッフも映画1本ごとにスタジオ(芸能事務所)と契約し、当たったら収益を分配するが、はずれたらスタジオは解散する。プロデューサーは投資家をつのり、当たったら彼らに配当するが、はずれたらゼロだ。大部屋俳優は保険に入って、当たったタレントの収益を分配してもらう。

このように多くのスタジオが競争して新しい才能が新しい作品に挑戦する結果、ハリウッドは今やアメリカ最大の輸出産業になった。

それに対して日本では、ジャニーズ事務所のうち収益を上げる1割以下のタレントの高額のギャラを、他の9割の売れないタレントの給料として分配している。SMAPのように売れているタレントが独立すると売れないタレントを養えなくなるので、彼らを使うテレビ局には他のタレントも出さない。

このようなタコ部屋のカルテルのおかげで、芸能界にもテレビ局にも競争がないので、独占利潤は維持できるが、決してグローバルな才能は生まれない。

日本社会に遍在するタコ部屋システム

これは芸能界だけの問題ではない。これからサービス業が経済の中心になると、もっとも高い収益を上げるのは、ITやファイナンスなどのハリウッド型産業だが、それは芸能界に劣らずハイリスク・ハイリターンの世界だ。

IT企業はハリウッドのスタジオのような専門家集団になる。その中心はエンジニアやプロデューサーのようなクリエイターで、ホワイトカラーはスターをサポートする芸能マネジャーのような存在だ。それは偶然ではない。情報機器はもはや事務機ではなく遊び道具であり、IT産業はエンターテインメントに近づいているからだ。

ところが日本では、中核業務であるソフトウェア開発が下請けに出されているため、エンジニアは低賃金・長時間労働を強いられ、技術が親会社に蓄積しない。この原因は、雇用慣行である。大企業では社員を解雇できないので、専門的な技能をもつ人材を直接雇用すると、その技術が必要なくなったときクビにできない。

そこで社員としては何でも屋のサラリーマンを雇い、専門的な仕事はタレントにやらせ、売れっ子をカルテルで囲い込む。こういうタコ部屋システムは、業界のメンバーが固定しているローカル産業でしか成り立たない。それを「メンバーシップ」とか「すり合わせ」などと美化しているかぎり、日本企業にもメディアにも未来はない。