初当選された皆さんへのエール:「先生病」予防のすすめ

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新人議員の誕生は、最初が肝心

3月末に告示された道府県知事および議員、政令指定都市議員選挙などの前半戦、そして基礎自治体首長/議員選挙の後半戦が終わりました。歓喜に湧く陣営や涙を呑んだ候補はさまざまですが、勝っても負けても「良い政治」の希求は待ったなしです。まずは全力で挑まれた候補者の皆さん、そしてそれを支えた各陣営の皆様、本当にお疲れでした。しっかりと英気を養い、新たなステージに臨んでいただきたいと願っています。

今回は全国各地で初当選を果たした方もいる訳ですが、ふと思ったのは「果たして全国には、何人くらいの議員がいるのだろう?」という素朴な疑問です。総務省が先月発表した公開資料によると、その定数は次のとおりでした。

都道府県知事 47人
都道府県議会議員 2,570人
市区町村長 1,740人
市区町村議会議員 29,155人
33,512人

(出典:総務省報道資料 地方公共団体の議会の議員及び長の所属党派別人員調等)

これに国会議員(衆議院465人、参議院248人)を足すと、わが国には計34,938人の議員が存在することになります。

その中の圧倒的大多数が選ばれるのが今回の統一地方選挙だったわけで、そのぶん多くの初当選議員が誕生したことでしょう。仮に1割だとしても3千人、2割なら6千人の方が公人としての第一歩をスタートする訳ですが、そんな皆さんにお伝えしたいのが本日のタイトルです。

政界特有の難病「先生病」とは

初当選の皆さんは公人として、望むか否かに関わらず「先生」と呼ばれる機会が増えることでしょう。先生という呼び方は教員や弁護士・医師など、一般に敬意をもって扱われる呼称ですが、それらに比べて圧倒的に勘違いを起こしやすいのが、政治家に対する「先生」です。

各所で先生、せんせい、センセイと持ち上げられ、いつしか自分を特別な存在と思ってしまう。私はこれを「先生病」と呼んでいます。

一度かかると完治するのは至難の業で、しかも始末の悪いことに本人みずから気付くことができるのは極めてまれです。多くの場合、本人だけが気づかない。だからこそ初当選を果たした皆さんには「鉄は熱いうちに打て」とばかりにこのタイミングで伝えたい、そう思うのです。

尾崎行雄が東京府会議員を経て衆議院議員に初当選し、師匠である福沢諭吉を訪ねた際のこと。福沢は得意満面の尾崎に対して驚きも褒めもせず、ある漢詩をしたためたと言います。

道楽発端称有志(道楽の発端 有志と称し)
馬鹿骨頂為議員(馬鹿の骨頂 議員となる)

およそ全ての政治家の方々にとって耳の痛い字句ではありますが、この時の教えが生涯続いたからこそ、尾崎は「憲政の父」と呼ばれるに至りました。さすがに私ごときが諭吉先生のように毒づくことは憚られますが、それでも「自分には関係ない」と笑い飛ばせる議員の方々は果たしてどれだけいらっしゃるだろうか。はなはだ疑問です。

私が個人的に縁ある議員の方々に、折にふれてお伝えしていることがあります。

「どうか、先生病にだけはかからないで」。

これを忘れた時に政治家という存在は尊大になり、時には秘書を罵倒し、またある時には官僚やメディアを恫喝し、最期は有権者にもそっぽを向かれるのです。最近もありました。

これはある意味、私たち有権者も「未必の共犯」かも知れません。政治家として育てているはずが、いつの間にか必要以上に持ち上げ、勘違いを誘発していないか。絶対的な権力者としてあげ奉ることなく、だからといってサンドバッグの如くストレスのはけ口にもしない。上にも下にも置かず同じ目線で活動できるように見守ることは、有権者いちばんの責任でもあります。

先生病の予防薬は、安岡正篤師の「郷学」にあり

新たに議員となった皆さんには、ぜひとも「今日の私は、先生病にかかっていないか?」日々点検いただきたい。そう願っています。

安岡正篤師

予防するための方法はいくつかありますが、私のお勧めは「宰相の指南役」と称された安岡正篤(やすおか・まさひろ)師の言葉に触れることです。同師はかつて池田勇人や大平正芳などの歴代総理が率いた「宏池会」の名づけ親であり、昭和天皇の終戦詔勅を刪修(さんしゅう)したことでも知られます。

アゴラ執筆陣でもおなじみのSBIグループ・北尾吉孝代表も時おり注目されていますが、安岡師の公式ツイッターでは毎朝「一日一言(いちにちいちげん)」として、みずから感じ入った古賢先哲の教えや語録を紹介しています。

なぜ、安岡師の教えが先生病の予防に効果的なのか。それは、師が提唱した「郷学(きょうがく)」という理念にあります。その定義は諸説ありますが、埼玉嵐山の安岡記念館が発行している「活学語録カレンダー」を紐解くと以下の解説が添えられています。

郷学とは、郷土郷土の学を興す、ついては郷土の先賢を顕彰して
その学問・業績を郷土の人々に回復させることである。
日本いたるところに名君やら賢宰(けんさい)やら名僧・碩学(せきがく)・
篤行(とっこう)の士、いろいろある。
これらの人々が終戦後まったく埋没し顧みられないでいる。
この人々を掘り出すことが何よりも一番
日本人の歴史的・精神的復活に血を通わせることになる。

国会であれ都道府県であれ、基礎自治体であれ、政治家の多くは「選挙区」という地域を背負っています。

市議会議員ならば市政はじまって以来の見識や知見あふれる先達がいた筈で、都道府県の各議会でも「この人は立派だった」そんなロールモデルが必ずいることでしょう。中には反面教師もいるかも知れませんが、地元ならではの優れた人士の謦咳(けいがい)に接し、自らもバトンの繋ぎ手になっていただきたい。「郷学」には、そんな正篤師の思いが込められています。

半信半疑の方は、だまされたと思ってぜひ公式ツイッターをフォロー下さい。

任期をまっとうする4年後、決して小さくない成長となって表れることでしょう。その効果は尾崎財団と安岡財団、双方の末席を汚す私が保証いたします。