露企業からLNG用パイプ管購入

地球温暖化防止のため活動している著名な俳優が環境保護を訴えるために世界各地を自身の専用ジェット機で飛び回っているという話を聞いたことがある。もちろん、俳優のジェット機も大気中に相当のCO2を排出していることはいうまでもない。環境保護運動に批判的な人からは、CO2を排出しながら環境保護を訴えるのは少々矛盾している、といった類の批判の声が飛び出している。

ドイツ向け浮体式LNGターミナルがブルンスビュッテルで稼働開始(2023年1月20日、ドイツ経済環境保護省公式サイトから)

話はドイツのショルツ連立政権に移る。ショルツ首相(社会民主党=SPD)とハベック経済相(「緑の党」、副首相兼任)はロシアからの天然ガスの供与が途絶えたため、再生可能なエネルギーのインフラ構築にまい進中だが、このほど液化天然ガス(LNG)用パイプラインの設置のためにパイプライン管をロシア国営企業ガスプロムから購入する契約を結んでいたことが明らかになった。ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧米諸国が対ロシアへの制裁を実施する一方、ロシア産の天然ガス・原油の輸入を停止している時に、ドイツ政府がロシア国営企業から数千のパイプラインチューブを購入することで、相当の収益をロシア側に与えているわけだ。

ハベック経済相はガスプロムから何本のチューブを購入し、総額はいくらか、というメディアの問い合わせに、「購入先との間で合意内容を公開できない」というのだ。同経済相の説明では、ドイツとロシア間で推進してきた天然ガスパイプライン設置「ノルド・ストリーム1」と「「ノルド・ストリーム2」が対ロシア制裁でパイプラインは完成したものの、操業は停止された。その際、使用されなかったパイプラインチューブがあるということから、ドイツ側とガスプロム間で交渉され、合意したというわけだ。同相は、「購入したパイプラインチューブは計画されているリューゲン沖のLNGターミナル(受け入れ基地)からドイツのガスネットワークに接続するために使用される」という。

ドイツは再生可能エネルギーのインフラ整備と共に、ロシア産天然ガスの代わりに、他の国からLNGを輸入することを決定した。そのためにターミナル建設と共に供給パイプラインを設置する必要がある。ショルツ首相とハベック経済相は、「リューゲンLNG計画は東ドイツへのエネルギー供給の確保のためだ」と説明している。リューゲン島はドイツ北部のメクレンブルク=フォアポンメルン州にある面積935平方キロメートルの島で、ドイツで最大の島で観光スポットだ。

ドイツ側に需要があり、ロシア国営企業側に供給できる在庫があることから、需要と供給のビジネスの原則に基づいて双方が売買契約を締結したわけで、通常の場合、まったく正常な取引だ。ロシア軍のウクライナ侵攻で対ロシア制裁が実施されている状況下にあるが、ハベック経済相によれば、法的にも全く問題がないという。

明確な点は、「リューゲンLNG計画」では数千本のチューブが必要と見られ、ドイツ側が支払い、ロシア側がその収益をウクライナ戦争の資金源として利用できるという事実だけだ。

ドイツは今月15日、操業中だった3基地の原子力発電所のスイッチを切ったことから、ドイツの脱原発は一応完了したが、原発に代わって再生可能エネルギーの整備はまだ完了していない。風や水力を利用したエネルギー供給は自然の環境に左右されることもあって、エネルギーの安定供給までにはまだ時間がかかるだろう。

2基の原発を停止したバイエルン州のマルクス・ゼーダー首相は、「原発の運営、操業は連邦政府ではなく州に委ねるべきだ」と主張し、ショルツ政権を困惑させたばかりだ。輸出国ドイツの産業に十分なエネルギー供給が出来ない場合、国民経済に大きなダメージになることはいうまでもない。

ウクライナ戦争勃発後、ショルツ首相は「時代の変化」に応じて、紛争地への武器供給を認め、軍事費のアップなど、戦後から続いてきたドイツの安保政策を大変革してきた。同時に、ロシアの天然ガスに依存してきたエネルギー政策の抜本的な見直しを強いられてきた。

ドイツでは現在、原発は止まり、ロシア産天然ガスもストップした。ドイツのエネルギー政策はその後、大丈夫だろうか、という懸念はドイツ国民の過半数が抱いていると世論調査が明らかにしている。

再生可能エネルギーのインフラ整備に奮闘するハベック経済相は再生可能なエネルギーのインフラ整備、そしてLNGの輸送インフラの整備に乗り出してきている。リューゲン島のLNGターミナル計画ではポメラニア西部のルブミンにあるオフショアパイプラインを介してガスグリッドに接続される予定だが、ターミナル建設に反対のデモ集会があったばかりだ。

そのような時、LNG用パイプラインチューブのロシアからの購入の話を聞くと、環境保護政策を訴える一方、そのために大気中に多くのCO2を排出する俳優を思い出すわけだ。

ドイツのメディアは、「LNGパイプラインチューブ取引の特別な点は、売り手がロシアの国営企業ガスプロムだったということだ。一方、ウクライナ戦争によるロシアに対するドイツの制裁はまだ続いている。そのような状況を考えると、政府の決定には少々驚かされる」と報じているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。