ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は28日から3日間の日程でハンガリーを訪問中だ。南米出身の同教皇にとっては教皇就任(2013年3月)以来、41回目の外遊(司牧訪問)である。教皇は2021年にブタペストで開催された聖体世界会議を訪問しているから、ハンガリー訪問は2度目となる。大多数のハンガリー国民はカトリック信者だ。なお、今回の訪問では、教皇の健康問題もあって首都ブタペスト市だけに留まり、他の都市を訪れる予定はない。
フランシスコ教皇はハンガリー初の女性大統領、カタリン・ノヴァク新大統領やヴィクトル・オルバン首相らの歓迎を受けた。同教皇は元修道院の建物でブタペスト最初のスピーチをし、欧州の統合を支援し、ポピュリズム(大衆迎合主義)に反対、移民の人道的な扱いを求める姿勢を明確に述べた。その一方、「ブダペストは自由の価値を知っている国の中心であり、ナチス・ドイツ政権、共産主義政権下で大きな代償を払って、民主主義の宝と平和の夢を守ってきた。ハンガリー動乱(1956年)をどうして忘れることが出来るだろうか。ブタペストは今日、ユダヤ人人口の割合が最も高い欧州の都市の一つだ」と強調した。
フランシスコ教皇は、「首都ブダペストは今年で創建150年を迎える。1873年に、ドナウ川の西にあるブダとオブダ(旧ブ)、対岸のペストの3つの都市が統合されて生まれた。ブタペストは今日、欧州大陸の中心に位置する大都市だ。ブタペストの誕生は、欧州がその後辿った共通の道を先駆けてきた」と説明している。
ここまで聞いたならば、「フランシスコ教皇は欧州連合(EU)ではハンガリーが異端国と受け取られ、欧州委員会から『民主主義と法の遵守』、『メディアの自由』の分野で欧州司法裁判所(EUGH)に提訴されていることを知らないのだろうか」と首を傾げるかもしれない。知らないはずがない。ホスト国に対する外交辞令はあるだろうが、ハンガリーに対し、EUの本部ブリュッセルからの視点ではなく、カトリック教国ハンガリーという観点からの期待を込めたバチカンへのメッセージだろう。
実際、フランシスコ教皇は民族主義とポピュリズムに警告を発し、「ブダペストは橋の街だ。ドナウの真珠と呼ばれるブタペストは橋を通じて他を接続している」と述べ、欧州が現在直面している移民・難民の殺到について「画期的な挑戦だ」として受け入れることを暗に求めている。ハンガリーはウクライナやオーストリアなど7カ国と国境を接している内陸国だ。なお、フランシスコ教皇は29日、ブタペストの聖エリザベス教会で困窮者、難民、教会のソーシャルワーカーと会合した。
フランシスコ教皇は、ハンガリーの隣国ウクライナでの戦争のことが常に気になるのだろう。ブタペストにも戦争勃発以来、多くの難民がウクライナから殺到している。教皇には「ウクライナの国民の悲しみ、苦しみ、そして平和を求める祈りの声が聞こえる地理的に最も近い場所に自分は今、立っている」という思いが強まったとしても不思議ではない。
ちなみに、オルバン首相は2月18日、ロシア軍のウクライナ侵攻1年目を控え、ブタペストで「国家の現状について」の演説を行い、ロシアのウクライナ侵攻については、「主権国家への軍事侵攻は絶対に容認できないが、ウクライナの国益をハンガリーの国益より重視する政策は道徳的にも間違っている」と強調し、「2022年の大きな成果は、わが国が可能な限り、ウクライナ戦争の影響に飲み込まれないようにしたことだ」と言い切る。ある意味でハンガリー・ファーストだ。欧州メディアでは“オルバン主義”と呼ばれる政治だ。
EUの欧州員会は昨年7月15日、オルバン首相が率いるハンガリー政府に対し、「民主主義と法の遵守」、「メディアの自由」などを要求し、その是正を求めてきたが、その中には、ハンガリーが小児性愛者対策を目的とし、教材や宣伝で同性愛や性転換の描写や助長を禁じる新法「反小児性愛法」を施行した問題も含まれ、EUからは「反LGBT法」として批判されてきた。それに対し、オルバン首相は「結婚は男性と女性の異性婚しかない」と主張し、同性婚をはっきりと拒否している。
参考までに、バチカンは同性愛問題では「同性愛者への差別は是正すべきだが、同性婚は認めない」というスタンスを取っている。また、中絶問題でも女性の権利を認める一方、生命の尊重という観点で中絶を認めない。同性愛問題、中絶問題ではハンガリーは欧州でバチカンのカテキズムに最も忠実な国といえる。
フランシスコ教皇はハンガリーに対して民主主義の欠如や移民への排他主義を間接的に非難する一方、カトリック教国ハンガリーを「自由の価値を知る国」という表現で期待を吐露するなど、ハンガリー批判一辺倒の他の欧州諸国の姿勢とは距離を置いている。フランシスコ教皇のハンガリーへのスタンスは典型的なアンビヴァレンツ(独語Ambivalenz)だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。